特別編・ノーベルの風に吹かれて――ボブ・ディランの文学賞受賞に思うこと(ボブ・ディラン)文学に関するコラム・たまたま本の話
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2016年のノーベル文学賞が10月13日、ボブ・ディランに与えられた。音楽家の受賞は初めてで、この受賞をめぐって世界中で驚きの声が噴出しているという。フランスのAFP通信(時事通信特約)は「文壇には『衝撃が走った』と言っても、まだ控えめな表現になるだろう」と、次のように報じた。
「ディラン氏の受賞は、戦慄(せんりつ)や当惑、歓喜といったさまざまな反応で迎えられた」「フランスの小説家、ピエール・アスリーヌ氏はAFPに対し、『ディラン氏の名はここ数年頻繁に取り沙汰されてはいたが、私たちは冗談だと思っていた』と語り、選考委員会に対する憤りをあらわにした。『今回の決定は、作家を侮辱するようなものだ。私もディランは好きだ。だが(文学)作品はどこにある? スウェーデン・アカデミーは自分たちに恥をかかせたと思う』」。このほか、スコットランドの小説家、アービン・ウェルシュも厳しい批判も寄せている――と記事は書いている。

●常に賛否両論が巻き起こる賞

ノーベル賞、とくに自然科学3賞を除く文学賞、平和賞、そして1968年に創設された経済学賞(正式にはアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)の受賞者については、常に賛否両論が巻き起こる。今回もシリアの詩人アドニス、ケニアの小説家・批評家のグギ・ワ・ジオンゴ、ディランと同じアメリカの文豪3人――フィリップ・ロス、ジョイス・キャロル・オーツ、ドン・デリーロ、そして日本の村上春樹らが文学賞候補に上がっていたとされている。彼らをさて置いて音楽家にノーベル賞が行くのは納得できない、否定派の主張はそういったものだ。
実は、非文学者のノーベル文学賞受賞は過去にも何例かある。1902年のテオドール・モムゼンは「ローマ史」を書いたドイツの歴史家。1908年のルドルフ・クリストフ・オイケンはドイツの哲学者。1927年のアンリ・ベルクソンは名著「笑い」を著したフランスの哲学者。1950年のバートランド・ラッセルは「教育論」などで知られるイギリスの哲学者である。1953年にイギリス首相のウィンストン・チャーチル(「第二次世界大戦回顧録」を書き、その文才を評価された)にノーベル文学賞が授与されるに及んで、さすがに物議を醸すことになり、それ以降は小説家、詩人、劇作家に対象を限定しようということになった。
ちなみに1964年のジャン・ポール・サルトル(受賞辞退)も「存在と無」などの著作も多い哲学者だが、同時に「嘔吐」を始め20世紀文学の傑作を物している。記憶に新しい昨2015年の受賞者は「チェルノブイリの祈り」などで知られる、ベラルーシの作家でありジャーナリストでもあるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチだった。そして今年がシンガーソングライターである。とすれば、ノーベル文学賞の対象が「純粋な文芸作品に限る」という概念から変質して来ているのではないか。
そんなことを毎日新聞10月14日付首都圏版朝刊は書いていたし、前述のAFP通信の記事でも、インド生まれの英国人作家、サルマン・ラシュディが「素晴らしい選択」と評し、「ディラン氏は吟遊詩人の伝統の優れた伝承者だ」とたたえたと伝えられている。「心に残る彼の音楽と歌詞は常に、最も深い意味で『文学的』に感じられた」とツイートしたのは、自らもノーベル文学賞候補の有力な一人、ジョイス・キャロル・オーツ。「思い出してほしい、ボブ・ディランという名は、受賞に値した20世紀の偉大な詩人、ディラン・トマスにちなんでいることを」と談話を締めている。今回の決定を「英断だ」と称讃する声も多いのだ。

●「とにかく時代は変わりつつある」

さて――ここからは筆者の憶測ということになる。ボブ・ディランは、ひょっとするとノーベル平和賞候補にも上がっていたのではないか。デビューした1962年はまさにキューバ危機や公民権運動の時代。「風に吹かれて」(63年)で「いくつの耳があれば民衆の叫びが聞こえるのか」と歌い、「時代は変る」(64年)で「とにかく時代は変わりつつある」と訴えた。アメリカがベトナム北爆を開始した68年には「ライク・ア・ローリング・ストーン」と叫び、ウォーターゲート事件に揺れた74年には「時には大統領だって裸で立ち尽くさねばならない」(「イッツ・オールライト・マ」)と語りかけた。この長年にわたる表現活動に対して与えられる賞として、ノーベル平和賞以上にふさわしいものはあるだろうか。
前例もある。1986年には、ホロコーストに関する大統領委員会の議長としてユダヤ系アメリカ人作家のエリ・ヴィーゼルに平和賞が与えられているし、2010年の同賞は、詩集などの著作も多い中国の人権活動家・劉曉波に贈られた。作家や詩人がすでに受賞している平和賞を、同じ表現者である音楽家が受賞してはならないという法はない。
ちなみに選考を管轄する団体は分かれていて、物理学賞、化学賞、経済学賞の3部門についてはスウェーデン王立科学アカデミーが、生理学・医学賞はカロリンスカ研究所(スウェーデン)が、平和賞はノルウェー・ノーベル委員会が、文学賞はスウェーデン・アカデミーがそれぞれ行う。要するに平和賞以外の5賞はいずれもスウェーデンが選出する。平和賞だけはノルウェーが選ぶ。第1回ノーベル賞が発表された1901年当時、スウェーデンとノルウェーは同じ君主を仰ぐ連合国だった。ノルウェーが1905年に独立をしてからも、平和賞はノルウェーに委ねられている。中国の獄中にいる劉曉波の受賞の際は、本人不在のままオスロで授賞式が行われたのは記憶に新しい。
2016年は10月3日に生理学・医学賞、4日に物理学賞、5日に化学賞、7日に平和賞、10日に経済学賞が発表された。文学賞はスウェーデン・アカデミーが原則、木曜日に発表することになっていて、今年は13日。本来なら他の賞と同じ週のはずで、6日の木曜日こそふさわしかった。選考の都合で1週間、先送りすると直前になって発表されたのである。ここに「ノルウェーが選ぶ平和賞の結果を待ってから」というスウェーデン・アカデミーの思惑はなかったか、と思うのだ。
スウェーデンとノルウェーの間に「うちはAさんで行こうと思っているが、そちらはどうしますか。Aさん以外の人で行ってもらえませんか」という事前の話し合いや根回しがあったとは到底思えないから、同一人物を選ぶ場合も大いに考えられる。仮に6日の文学賞にボブ・ディランが選ばれ、翌日の平和賞もディランのダブル受賞となったら、世界は大変な騒ぎになるだろう。7日の平和賞にディランが選ばれたとしたら、文学賞は別の受賞者に授与することにしたい。13日の発表ならば時間的余裕があるので選考が練り直せる。スウェーデン・アカデミーがそう考えたとしてもおかしくない。平和賞は周知の通り、コロンビアのフアン・マヌエル・サントス大統領に授与された。これでディランの今年のダブル受賞の可能性はなくなった。われわれとしては心おきなくディランに文学賞を与えられる――。
以上はもちろん筆者の憶測に過ぎない。絵空事かもしれない。はっきりいえることは、これが文学賞でなく平和賞になろうが、ダブル受賞しようが、どちらの受賞も逃そうが、ボブ・ディランの音楽の真価は全く揺るがないという事実である。

●依然、沈黙を貫くディラン本人

さて、肝心の問題――。ディランは今回の受賞を受けるのかどうか。発表後、彼はコンサート会場でも今回の受賞について沈黙を貫いている。スウェーデン・アカデミーも17日に、ディランへの直接の授賞連絡を断念したことを発表した。代理人やツアーマネジャーとは連絡がついたが、本人が捕まらないのだという。受賞辞退の可能性も考えられ、12月10日、ストックホルムの授賞式の場に彼が立っているかどうか、今のところは分からない。
受賞辞退となれば、文学賞では史上3人目となる。1人目はソ連のボリス・パステルナーク(1958年)、2人目は前述のサルトルである。パステルナークの場合は「ソ連当局によって辞退させられた」のが実情だったから、正確にはサルトルに次ぐ2例目となる。サルトルは辞退の意思をスウェーデン・アカデミーに伝えてきたが、ディランは「辞退」という声明すら出していないから、このままいけば受賞「無視」という1例目になるかもしれない。
10月16日付の電子記事「日刊SPA!」に面白い見解が載っていたので、紹介したい。ディランの沈黙についてこう書いているのだ。「こうした状況をある程度予想していたのが英紙ガーディアンだった。10月13日に配信された記事で、イギリスの小説家、ウィル・セルフの見解を紹介している。セルフによれば、ディランはサルトルにならって受賞を辞退するだろうというのだ。爆弾や武器によって築いた財産から生まれた勲章を手にすることは、かえってディランの価値を貶める。それが彼の理屈だ」
しかしディランは、賞という賞を一切受けないという人物ではない。実際、2008年には「卓越した詩の力による作詞がポピュラー・ミュージックとアメリカ文化に大きな影響を与えた」としてピューリッツァー賞特別賞に選ばれた。レコードデビュー50周年を迎えた2012年には、アメリカ大統領のバラク・オバマより大統領自由勲章(文民に贈られる最高位の勲章)が授与された。この2つは受けている。ではなぜ今回、彼は頑なに沈黙を貫いているのか。
「日刊SPA!」は「ディランはノーベル賞にシラけている」と、その理由を指摘する。「そのひとつに、ディランがある時期からCDに歌詞カードを付けなくなったことが挙げられる。日本語盤ライナーには詞の対訳のみ掲載されているが、原盤には歌詞に関する情報が全く存在しない。もちろん公式サイトで全て確認できるから必要ないのもあるだろうが、最大の理由は、音楽よりも詞ばかりが深読みされる事態にディランが辟易している点だろう。彼の神格化に貢献した“Dylanologists”(ディラン学者)の存在こそが、ミュージシャンとしてのディランを悩ませている皮肉」。ユニークな見解であろう。
そういえばスウェーデン・アカデミーのサラ・ダウニス事務局長も、授賞理由に「偉大なる米国の歌謡の伝統の上に立って、新しい詩的な表現を創造してきた」ことを挙げていた。詩が強調された授賞に、音楽家ディランは複雑な思いを抱いたのかもしれない。そのダウニス事務局長は17日、スウェーデンのラジオ番組で、ディランが12月10日に「来るか来ないかにかかわらず、彼の受賞を祝う。私は出席してくれると思う」と述べ、出席しない場合は「別の何らかの方法で賞を授与する」考えを示した――と共同通信は伝えている。
ノーベル賞という世界の大きな「風に吹かれて」、思うままをつづってみた。ご一読を心より感謝します。
(2016年10月20日、こや)

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2016/10/21 17:55 | コラム「たまたま本の話」

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