第99回 続・2001年以降の10本はコレだ!21世紀日本映画ベストテン 文学に関するコラム・たまたま本の話
第99回 続・2001年以降の10本はコレだ!21世紀日本映画ベストテン 文学に関するコラム・たまたま本の話

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前回の外国映画に続き、今回は日本映画編。21世紀の日本映画には黒澤明も小津安二郎もいない。21世紀ならではのテーマがいかに描けているかを基準とした(順不同)。

①嫌われ松子の一生
監督:中島哲也 製作:2006年
山田宗樹のベストセラー小説「嫌われ松子の一生」が原作。修学旅行中に教え子が起こした現金盗難事件を収めるため、その場しのぎの対応をとって教師の職をクビになり、家族とのいざこざから家を飛び出したことから転落して行く、川尻松子の人生を描く。悲劇となるはずの物語が、CG合成によるファンタスティックなミュージカルシーンやコミカルなタッチで綴られる。

②ゆれる
監督:西川美和 製作:2006年
西川美和は21世紀の名匠と呼ぶに相応しいが、中でも長編2作目の「ゆれる」を挙げる。東京で写真家として活躍する弟・猛が久々に帰省し、兄・稔が切り盛りする実家のガソリンスタンドで働く昔の恋人・智恵子と再会する。翌日、兄弟と彼女の3人で渓谷へ遊びに行き、智恵子が渓流にかかる吊り橋から落下する。その時、近くにいたのは稔だけだった。事故だったのか、事件なのか、裁判が進むにつれて兄をかばう猛の心はゆれていく。

③光の雨
監督:高橋伴明 製作:2001年
あさま山荘事件からほぼ30年を経て、初の本格的な連合赤軍映画が作られた。立松和平の小説「光の雨」がベースだが、そのままの映画化ではなく、小説を映画化する模様を描いた作品となっている。つまりは劇中劇。映画に出演する若い役者たちの戸惑いの描写が、30年前の事件に対する現在の若者たちの違和感を浮かび上がらせる。 その後、若松孝二監督が連合赤軍サイドから、原田眞人監督が警察サイドから、同事件を描くことになる。

④みなさん、さようなら
監督:中村義洋 製作:2013年
「アヒルと鴨のコインロッカー」の中村義洋監督が、久保寺健彦の同名小説を映画化。1980年代に団地で生まれたごく普通の少年・悟は、小学校卒業とともに「団地から一歩も出ずに生きる」と決める。中学校には通わず、団地内のパトロールを日課に日々を過ごし、やがて団地内のケーキ屋に就職。同級生と婚約もして人生をそれなりに謳歌していたが、時代の変遷とともに多くの人が団地を去り、悟は1人取り残されていく。

⑤あん
監督:河瀨直美 製作:2015年
河瀨直美監督が樹木希林を主演に迎え、元ハンセン病患者の老女が尊厳を失わず生きようとする姿を紡いだ人間ドラマ。おいしい粒あんを作る謎多き女性と、どら焼き屋の店主や店を訪れる女子中学生の人間模様が描かれる。原作は、詩人、作家、ミュージシャンのドリアン助川。今は亡き樹木や、浅田美代子らの円熟した演技が光る。

⑥ひかりをあててしぼる
監督:坂牧良太 製作:2016年
東京の渋谷で実際に起きた事件がモチーフの舞台劇を実写化したドラマ。監督は、舞台版の演出も手掛けた坂牧良太。友人の巧と共に参加した合コンで、木下智美に心惹かれたサラリーマンの谷中浩平。急速に距離を縮めた2人は結婚して幸せな日々を送るが、虚栄心の強い智美が次第に浩平を翻弄する。激しく憎悪をぶつけ合いながらも離れることができず、関係が破綻していく若い夫婦の姿に思わず引き込まれる。

⑦暗闇から手をのばせ
監督:戸田幸宏 製作:2013年
身体障害者専門のデリヘル嬢の目を通して、障害者たちとの触れ合
いを描く。ドキュメンタリー番組のディレクター戸田幸宏が、自ら取材した内容を元にNHKのドキュメンタリー番組として企画したが、拒絶されたためフィクション化、自己資金で制作にこぎつけたという労作。一般客より楽そうだと、障害者専門に鞍替えしたデリヘル嬢の沙織が、客の家を一軒ずつ訪ねていく、いわばロードムーヴィー。

⑧FAKE
監督:森達也 製作:2016年
「A」「A2」を撮った森達也のおよそ15年振りの単独監督作で、2014年のゴーストライター騒動で話題になった佐村河内守を追ったドキュメンタリー。聴覚障害を抱えながらゲーム音楽などを手掛け称賛されるが、実は耳は聴こえており、しかもゴーストライターによる楽曲を自作として発表していたと報じられ、日本中からバッシングを受けた佐村河内の素顔に肉薄する。

⑨ペコロスの母に会いに行く
監督:森﨑東 製作:2013年
同年のキネマ旬報ベスト・テンの日本映画ベストワンをさらった秀作で、メガホンを取ったのは日本映画界の大ベテラン、森﨑東監督。主人公、認知症の母みつえ役の赤木春恵は、88歳と175日(クランクイン日の2012年9月5日時点)で本作が映画初主演となり、この出演でギネス世界記録に「世界最高齢での映画初主演女優」として認定された。赤木は2018年11月29日に逝去、この初主演作が映画作品としての遺作となった。

⑩9/10 ジュウブンノキュウ

監督:東條政利 製作:2006年
斬新でスタイリッシュなミステリー室内劇。「カミュなんて知らない」の助監督を務めた東條政利の初監督で、若手実力派俳優たちの臨場感あふれる演技は圧巻の一語に尽きる。 サラリーマンや内科医ら、かつての高校野球部のメンバー9人は7年ぶりに再会する。思い出話に花を咲かせていた彼らだが、それぞれの記憶が微妙に食い違っていることに気づく。9人は昔のスコアブックや写真を引っ張り出してくるのだが……。(こや)


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2019/03/19 15:11 | コラム「たまたま本の話」
第98回 2001年以降の10本はコレだ!21世紀外国映画ベストテン 文学に関するコラム・たまたま本の話
第98回 2001年以降の10本はコレだ!21世紀外国映画ベストテン 文学に関するコラム・たまたま本の話

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クリント・イーストウッドとウディ・アレンとテオ・アンゲロプロスを外して21世紀外国映画を語ることができるか? そしてデイヴィッド・リンチもロマン・ポランスキーもクリストファー・ノーランも枠外に置いて。独断と偏見で選ぶ2001年以降の10本(順不同)。

①わたしを離さないで
監督:マーク・ロマネク 製作:2010年、アメリカ、イギリス
ノーベル文学賞作家、カズオ・イシグロが2005年に発表した同名のSF小説が原作。同じくノーベル賞を受賞したips細胞による先進医療が話題となっている現在、クローン人間による再生医療というテーマはやや古びたか? 否――ここには人間以上に人間らしい心を持ったクローン人間たちによる人類愛という永遠の主題が息づいている。

②ナイトクローラー
監督:ダン・ギルロイ 製作:2014年、アメリカ
1970年代、テレビの過熱する視聴率競争を描く「ネットワーク」という映画が話題になった。現アメリカ大統領が一部メディアを「フェイクニュース」と名付けたように、21世紀ネット社会の報道競争はさらに過激になっている。事件や事故を追って一線を超えるジャーナリスト、ジェイク・ギレンホールの怪演はまさに必見。

③幸せなひとりぼっち
監督:ハンネス・ホルム 製作:2015年、スウェーデン
かつてスウェーデン映画は「神と悪魔」の問題を扱うことが多かった。この映画は、妻を亡くし職も失って、生きる希望をなくした59歳の偏屈で孤独な男の人生を描く。近所に越してきたのはイラン人女性とその家族。完全福祉国家と言われ、社会保障の充実していたスウェーデンも、産業民営化と移民受け入れでずいぶん変貌していることに驚く。

④チェイサー
監督:ナ・ホンジン 製作:2008年、韓国
とてつもない暴力描写と、残虐シーンが続出するナ・ホンジン監督の長編デビュー作。2004年に韓国で起こった連続殺人事件をベースにしている。かつての儒教思想の国、韓国でも観客動員数が500万人を超えるヒット作になったという。21世紀の韓国映画には、他にも「息もできない」(2008年)など、あまりにも過激な秀作が多い。

⑤別離
監督:アスガル・ファルハーディー 製作:2011年、イラン
「コーランに手を置いて真実を述べよ」という映画の中の言葉が、イスラム教徒でない我々にも重く重く響いてくる。本作で第84回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した監督は、第89回アカデミー賞でも「セールスマン」で同賞を再び受賞した。2回目の受賞では、アメリカの移民政策に抗議するため、主演女優らとともに授賞式への出席を見送ったのは記憶に新しい。

⑥バタフライ・エフェクト
監督:エリック・ブレス 製作:2004年、アメリカ
近年のカオス理論のひとつに「バタフライ効果」というものがある。力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の状態が大きく異なってしまうという現象。まさにブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こすようなストーリー展開に圧倒される。練り込まれた脚本が光る。

⑦わたしは、ダニエル・ブレイク
監督:ケン・ローチ 製作:2016年、イギリス、フランス、ベルギー
この映画を見ると、往年のアメリカン・ニューシネマの「怒れる若者たち」が、50年後の現在は「怒れる老人たち」になっていることに気づく。社会派の大ベテラン、ケン・ローチが「どうしてもこれだけは撮っておかねばならない」の思いを込めて作った1本。腕の良い大工が心臓病と認定され、仕事ができないつらさは、日本の労働者である我々も身につまされる。

⑧おみおくりの作法
監督:ウベルト・パゾリーニ 製作:2013年、イギリス、イタリア
ヨーロッパ版「おくりびと」と言えばいいだろうか。監督、脚本のウベルト・パゾリーニがガーディアン紙に掲載された「孤独死した人物の葬儀を行う仕事」に関する記事から着想を得て、ロンドン市内の民生係に同行し、実在の人物や出来事について取材を重ねた末に誕生した作品である。ここでは詳しく書けないが、奇跡のように美しいラストシーンに息を飲む。

⑨その土曜日、7時58分
監督:シドニー・ルメット 製作:2007年、アメリカ
多くの名作を撮り続けたシドニー・ルメットの遺作だが、遺作と呼ぶにはあまりにもエネルギッシュでバイタリティーにあふれた1本となった。父の愛情をめぐる出来の良い兄と、出来の悪い弟のその後のドラマ。一口で言えば21世紀版「エデンの東」である。麻薬に溺れるフィリップ・シーモア・ホフマンの熱演は、やがて彼に実際に訪れる薬物中毒死を暗示していた?

⑩ファイナル・デスティネーション
監督:ジェームズ・ウォン 製作:2000年、アメリカ
最後にズルをする。本作は20世紀の製作だが、日本公開が2001年初頭なのでご容赦を。凄惨な飛行機事故を予知して搭乗を取り止め、いったんは死を回避した若者たちが、逃れられない死の運命に次々にさらされていく。「X-ファイル」「ミレニアム」の脚本家、ジェームズ・ウォンの劇場映画監督デビュー作。(こや)




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2019/02/20 13:37 | コラム「たまたま本の話」
第97回 高度成長途上の男と女(黒岩重吾)文学に関するコラム・たまたま本の話
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平成も終わろうとする2018年。1年を通じて筑摩書房が大変うれしい企画を試みてくれた。昭和の名作ミステリ短編集を次々にちくま文庫で復刊したのである。2月に黒岩重吾の「飛田ホテル」、4月に結城昌治の「夜の終わる時/熱い死角 警察小説傑作選」、5月に仁木悦子の「赤い猫 ミステリ短篇傑作選」、7月に多岐川恭の「落ちる/黒い木の葉 ミステリ短篇傑作選」、8月に黒岩重吾「西成山王ホテル」、10月に戸川昌子の「緋の堕胎 ミステリ短篇傑作選」、11月に陳舜臣の「方壷園 ミステリ短篇傑作選」。
先鞭をつけたのは、おそらく2017年11月に同文庫で出た結城昌治の「あるフィルムの背景 ミステリ短篇傑作選」であろう。これが好評だったため、昭和のミステリに改めて注目が集まり、今回の連続企画につながった。どの1冊を取っても昭和という時代の香りが漂っていて興味深いが、今回は「飛田ホテル」の著者、黒岩重吾を取り上げてみたい。
黒岩重吾(1924-2003)は大阪市生まれ。同志社大学法学部在学中に学徒出陣し、北満に出征する。敗戦による逃避行の末、1946年に朝鮮に辿り着き、内地へ帰還した。復員兵ということになるだろうか。
日本に戻って復学したはいいが、戦後の混乱期に闇ブローカーなど、裏稼業に手を染める。卒業後は日本勧業証券(現・みずほ証券)に入社。1949年に「北満病棟記」を書き、週刊朝日の記録文学コンクールに入選。同人誌「文学者」のグループにも参加するなど、順風満帆の人生を歩むかに見えたが、株相場で大失敗をやらかしてしまう。
家財を売り払って株の情報屋となるも、1953年には大病で3年の入院生活を余儀なくされる。しかも入院中に株が暴落し、帰るべき場所がなくなったために、釜ヶ崎(現・あいりん地区)のドヤ街に移り住み、トランプ占い、キャバレーの呼び込みなど、様々な職業を経験する。
1958年に「ネオンと三角帽子」がサンデー毎日に入選。 1959年、源氏鶏太の紹介で司馬遼太郎と知り合い、「近代説話」の同人となる。1960年に「青い花火」が週刊朝日、宝石共催の懸賞に佳作入選。同年、書き下ろしで「休日の断崖」を刊行し、直木賞候補に。 翌年、釜ヶ崎を舞台にした「背徳のメス」で直木賞を受賞。以後、「西成もの」を主に、金銭欲や権力欲に捕らわれた人間の内面を巧みに抉った社会派推理作家、風俗小説家として活躍した。――というように、作家としてデビューしてからの活躍ぶりは周知の通りだが、それ以前にこれでもかというほど人生の辛酸をなめているのが黒岩重吾という人間の実像なのである。
「飛田ホテル」の元版は1961年に講談社、のち角川文庫から刊行されている。収録作品は6編で、タイトルと初出は次の通り。「飛田ホテル」(別冊文藝春秋、1961年4月号)、「口なしの女たち」(別冊文藝春秋、1962年1月号)、「隠花の露」(別冊文藝春秋、1964年1月号)、「虹の十字架」(小説中央公論、1958年8月号)、「夜を旅した女」(婦人公論、1961年9月号)、「女蛭」(日本、1961年4月号)。大ざっぱに言えば1960年前後に書かれた短編ばかりが収められている。直木賞受賞前後、まさに作家として脂の乗り切った時期の傑作ぞろい。共通するのは物語の舞台が釜ヶ崎、天王寺、阿倍野、芦屋、通天閣、新世界、御堂筋、難波、堺、神戸といった大阪南部から近隣にかけての裏通りに集中していること。大阪は東京に次ぐ日本第2の都市である。その大都会を舞台に男女の愛憎や犯罪など、複雑に絡み合った人間関係が描かれる。さて、ここで振り返っておかねばならない。1960年というのはどういう時代だったのか。安保紛争の年であることは自明だが、1953年から始まる高度成長のちょうど中間点であったということは押さえておかねばならない。マクロ経済学の権威、吉川洋の書いた「高度成長 日本を変えた6000日」(2012年4月、中公文庫刊)によれば、「朝鮮戦争が終わった後、1950年代の中ごろから70年代初頭にかけて、およそ10数年間、日本経済は平均で10パーセントという未曽有の経済成長を経験した」という。吉川はデータを挙げる。
「1950年(昭和25)の日本を振り返ってみよう。この年日本の就業者の48パーセントは、農業・林業・漁業など『一次産業』に従事していた。つまり働いている日本人のほぼ2人に1人は『農民』であったわけだ。高校に進学する女子は3人に1人、男子も2人に1人は中学を出ると働き始めた」
「それから20年、高度成長が終焉した1970年(昭和45)になると、一次産業に従事する就業者の比率は、19パーセントまで低下している。逆に『雇用者』の比率は、64パーセントまで上昇した。20年間で、働く日本人3人のうち2人は『サラリーマン』になった。高校進学率は80パーセントを超え、しかも男女の格差が解消した」
1960年とは、高度成長という経済変革がまだまだ途上にある時代だった。男3人のうち2人がサラリーマンになっていく中で、中卒で就職したり、集団就職で都会に出てきたりした若者たちはまだ多く、彼らの働き場が徐々になくなってきていた。女の高校進学率が上がっていても、いったん売春婦に身を落とした女たちは日陰でずっと生き続けるしかない。売春防止法が1958年に適用されて以降、体を売る商売を続けようとする女たちは、非合法のコールガールになっていった。「飛田ホテル」や「口なしの女たち」に出てくる彼女らのように。
そして「女蛭」のサラリーマンとして出世したデパート宣伝部長も、女に人生を翻弄されて死んでいく。幸福な人生を送ったとは言い難い男の姿を、黒岩重吾の筆は鋭くとらえる。(こや)

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2019/01/09 13:32 | コラム「たまたま本の話」
第96回 「ロートレック荘事件」精読(筒井康隆)文学に関するコラム・たまたま本の話
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東京の世田谷文学館で開催されている「筒井康隆展」(10月6日~12月9日)は、作家・筒井康隆の半世紀をゆうに超える文業を振り返る機会として最適のものである。新進SF作家としてのデビューから、ブラックユーモアの才人、実験小説の書き手、そして断筆宣言を経て文壇の巨匠に至る現在までの歩みが一望できる。
このイベントを機に筒井康隆の作品を再読しているが、改めて驚かされたのが「ロートレック荘事件」。1990年9月、新潮社刊行の長編ミステリ(のち新潮文庫、1995年2月刊)で、今回はこの作品について書いてみる。書くとなるとどうしても内容に触れなければならない。トリックもすべて明かすことになる。
したがって「ロートレック荘事件」を未読の方は、以下は絶対に読まないでください。



閑静な郊外にある別荘は、かつては重樹の父の持ち物だった。重樹には同じ歳の従兄弟の浜口修がいる。修は8歳の時、遊戯中の事故によって重樹の脊椎に重大な損傷を負わせてしまった。重樹はその日以来、下半身の成長が止まってしまう。修は償いのために一生かけて重樹の世話をすることを決意する――というのが第一章「序」だが、書いている記述者は「おれ」である。「おれ」とは浜口修のことなのだが、この時点ではまだ浜口修という固有名詞は出てこない。「おれと重樹」という記述が見られるのみである。
続く第二章以降では、20年後の今に話が移る。夏の終わりに別荘で起きる連続殺人事件のことが語られていく。ロートレック荘と呼ばれるこの別荘は、現在は資産家の木内文麿氏が所有している。主人の木内氏の娘、典子を含む3人の令嬢たちが何者かによって殺されていくのである。
この第二章「起」の記述者も「おれ」になっている。しかしこちらの「おれ」は8歳の時に脊椎を怪我したというセリフが出てくる。したがって第一章の「おれ」(浜口修)とは異なって、第二章の記述者は重樹ということになる。つまり第一章と第二章で記述者が異なっている。作者の筒井康隆は、もうこの時点で「ロートレック荘事件」の記述者は1人だけとは限らない、と警告している。これを読者は気づかなければならない。
が、読者の多くが気づかないのは、第一章は本編に入る前の前提的な記述なのだ――という先入観のためである。いわば第一章は「昔々……」という部分に該当する。ミステリを読みなれた読者ほどそう思うに違いない。そして第二章以降は、すべて重樹による記述が最後まで続くのだと信じ込まされる。
このミスディレクション(誤読)にさらに輪をかけるように、第二章の冒頭で、ロートレック荘に向かう車の運転をする工藤忠明という人物が登場する。ここで読者はこう思う。ははあ、第一章で重樹に怪我をさせた従兄弟の「おれ」がきっと工藤なのだな。その工藤と重樹の2人が車に乗っているのだな、と。実際は車に乗っていたのは工藤忠明と浜口修(第一章のおれ)と重樹(第二章のおれ)の3人だったのだ。
全体を見ていくと、浜口修によって記述されているのは第一章の他に、第七章「彩」、第八章「破」、第十章「逸」、第十三章 「急」と、5章もある。第十五章「転」だけは特例で、立原絵里の「わたし」による一人称の記述。それ以外の章が重樹の記述である。だが読者の多くは、前述のようなミスディレクションによって第二章以降はすべて重樹の記述だと思わされてしまう。第十五章の立原絵里による特例の記述があるだけに、第一章も同様の特例と見なし、よりその感を深めることになる。
といった仕掛けによって、読者は画伯の「浜口重樹」という1人の人間がここにいると思う。本当は、文中で語られている「浜口画伯」とは画家になった浜口修のことであり、「重樹坊っちゃま」とは美術評論家として認められた重樹のことである。つまり1人ではなく2人がここにいるのだ。注意深く読めば、「わが忠実なる護衛兵が」(文庫版P39)といった描写があったり、「腹がへった」の重樹の言葉に「ぼくもそうだよ」とすぐさま返事したり(同P55)という、重樹のそばに寄り添う誰かがいることはしっかり記述されている。セリフを言う発信者が誰かぼかされているので気づかないだけである。
さらに筒井康隆が考え抜いて書いたのは「ロートレック荘二階平面図」(同P51)であろう。各部屋に誰が宿泊しているかがの一覧図だが、そこには「浜口重樹」とある。アンフェアじゃないかと言うなかれ。よく見れば「浜口」(改行)「重樹」となっている。1人は名字で、1人は名前で書かれた2人で1部屋に泊まっているということなのだ。他の部屋も「工藤」や「寛子」のように名字か名前のどちらかで書かれているから、決してアンフェアではない。ここにもまたミスディレクションを誘う仕掛けの1つがある。
平面図について補足すれば、あるネット記事ではこんな指摘がされていた。浜口修と重樹の部屋は他の個人部屋よりも大きく、木内夫妻の部屋と同じ広さである。ということは2人部屋で、そのことが平面図に明示されている――と。かつて別荘だった時代に重樹が1人で使っていた部屋が今回、工藤に与えられたのは、そこが2人で使うには手狭だったから。だから浜口修と重樹には、かつて重樹の両親が使っていた2人部屋が与えられた。この指摘には思わず納得させられた。
「ロートレック荘事件」には、このように斬新な叙述トリックが随所に散りばめられている。執筆当時、すでに筒井康隆は巨匠の域に達していたが、常に新生面を切り開く実験精神には驚かされる。この作品は確か同年刊行のミステリのベストテンに入ったように記憶しているが、賞レースで無冠に終わったのは残念でならない。(こや)



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2018/11/26 13:32 | コラム「たまたま本の話」
第95回 時事風俗と「私」を描いた作家(星新一)文学に関するコラム・たまたま本の話
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生涯で1001編を超えるショートショートを生み出したSF界の第一人者、星新一(1926年-1997年)の初期作品に「探検隊」という作品がある。以下、作品の内容に触れるので未読の方はご注意を。
地球に大きな宇宙船がやってくる。中から現れたのは巨大な宇宙人と巨大な怪獣。どちらも人間に危害を加えない。どうやら地球を征服しに来たのではなく、観測か調査のために来たようだ。しばらくすると、宇宙人たちは大きな宇宙船に乗って空の彼方に去っていった。そのうち戻ってくるつもりなのか、宇宙船の去った後に、杭と鎖につながれた怪獣たちが残された。ところが、この怪獣たち2頭がやがて鎖を抜けて人間たちに襲い掛かる。人間たちは次々と怪獣の餌食になってしまう。時が経ち、宇宙船が再び姿を現す。怪獣たちを懲らしめてくれると思いきや、宇宙人たちは2頭を代わる代わる抱き上げ、怪獣のほうも牙を引っ込めて宇宙人たちに頬をすり寄せたのだ。誰かがポツリとつぶやく。「あの怪獣どもは、やつらのペットで、タローとかジローとかいう名にちがいない」
いうまでもなくこれは、1958年2月の南極観測隊の有名なエピソードが下敷きとなっている。南極観測隊が悪天候のため調査を断念して帰途に着こうとしたとき、収容し切れなかったカラフト犬を15頭、現地に置いてきた。飢えに耐え兼ねた2頭が鎖をすり抜け、ペンギンなどを食べて生き延び、翌年、再び訪れた観測隊と再会した。マスコミは心温まるエピソードとして大きく取り扱った。この2頭のカラフト犬の名前が、タローとジローなのである。後年、「南極物語」(1983年)という映画にもなって大ヒットしたから、ご存じの向きも多いと思う。
しかし星新一はこういう。「私はなにかひっかかり、ペンギンの身にもなってみろと思って書いたのが、この『探検隊』である」と。つまりカラフト犬に食べられたペンギンを、怪獣に食べられた人間に置き換えてみたのが、この作品なのである。再編集して刊行した短編集「ようこそ地球さん」(1972年6月、新潮文庫刊)のあとがきで、星新一はそう書いていた。
なかなかの問題提起だが、この「探検隊」は星新一に自省を促した1編としてもよく知られている。すなわち、「時事風俗と密着したものを、作品の題材としてなるべく避けようという点である」。「探検隊」のタローとジローも、「当時は読めばすぐわかる内容だったが、いまは、これだけの解説をつけないと、なんのことやら理解しにくいのではなかろうか。時事風俗に密着した題材は、かくのごとくはかない。いかなる大事件も、たちまち忘れ去られてゆく。私は、ニュース的なものから、ますます離れたくなるのである」と、前掲書のあとがきで星自身が肝に銘じている。
以来、長年にわたって星新一ファンは彼のことを時事風俗とは無縁の作家だと思ってきた。しかし、科学技術に詳しいノンフィクションライターの最相葉月は、秀逸な評伝「星新一 1001話をつくった人」(2007年3月、新潮社刊)の中で、こんなエピソードを紹介している。1986年夏ごろから着手した1001編達成後の自作の改訂作業についてである。星新一は、ゲラの直しを連日行ったが、「風俗は書いていなかったはずなのに、読み直すとあれこれと気になる言葉が目に付き、思いのほか時間はかかった」と、最相は書く。
それによれば、自分が吸わなくなったタバコ、酒に関する記述を削除した。「内職の封筒のあて名書き」は「内職」に、「高層アパート」は「高層マンション」に、「ダイヤルを回す」は「電話をかける」に、「UFO」を「宇宙船」に、路面電車の「安全地帯」や「すりばち」のように、最近の子供たちがイメージできないものも書き直したという。星新一自ら、デビューしたころを振り返って、「テレビの普及、オートメ化、宇宙進出などのスタートの時期でもあった。いまにして思うと、私の書くもの自体が風俗だったのだ」と、1986年当時のインタビューで答えている。また、テレビのニュース番組が好きだったという関係者の証言もある。実は誰よりも時事風俗におもねっていた作家だったのだ。
時事風俗に加えて、星新一は私小説的な要素を極力排除する作家というイメージが強かった。その点についても、最相は同書の中で興味深い指摘をしている。仲の良かった知人が戦後すぐに自殺をとげたとき、追悼文で星新一がこう書いているというのだ。「最近の雑誌で自殺を企てた学生に電波治療を行ったら全くそんな気のなくなったと云う記事を見て、なぜもっと早くと思うと今更ながら残念でたまらない」
「……これは、『セキストラ』だね」「ぱっと思いましたよ。どうですか。そう思いませんか」と、最相がインタビューしたある関係者は即座に語ったという。いうまでもなく、星新一のデビュー作「セキストラ」(1957年)に登場する電気性処理器の名前である。セックスよりも大きな満足を与える器械が開発され、世界中に普及して、各国の小競り合いはなくなり、平和な世界連邦が出来上がるという話。この現実離れした小説に、知人の苦悩と自死と、その後の星新一自身を襲った鬱屈が影を落としているのでは、と最相は書いている。
もう一つ、「小さな十字架」という短編についても、まだ作家になる前の星親一(本名)の心境がうかがわれる作品だと最相は述べている。「昭和のはじめにヨーロッパに遊学していた青年が骨董店で偶然手にした古い銀の十字架の飾りをめぐる物語で、戦争で傷つき、貧しさに苦しむ者に十字架が希望を与える」というストーリー。後年のオチのある作風ではない。
父、星一の会社を引き継ぎ、経営が混乱していた作家以前の時期に書いたもので、当時、精神的に追い詰められていた星新一の教会通いの私的な体験が基底にあるのでは、と分析している。(こや)



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2018/10/20 14:52 | コラム「たまたま本の話」

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