第80回21世紀の私小説(岡田睦)文学に関するコラム・たまたま本の話

岡田睦(ぼく)という作家について、まずはプロフィールを紹介する。2017年3月に出た岡田の著作「明日なき身」(講談社文芸文庫刊)から引く。「岡田睦(1932・1・18~ )小説家。東京生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。同人誌『作品・批評』の創刊に慶應の友人たちと携わる。1960年『夏休みの配当』で芥川賞候補。3度目の妻と離婚後、生活に困窮し生活保護を受けながら居所を転々とし、『群像』2010年3月号に『灯』を発表後、消息不明」。
消息不明――つまり今回の著作刊行に関しては、講談社側が著者本人と連絡を取ることができなかったことが理解できる。消息不明の作家の本を出すには、どういった手続きが必要か。著作権法第67条に「著作権者不明等の場合における著作物の利用」の項目がある。「公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され、若しくは提示されている事実が明らかである著作物は、著作権者の不明その他の理由により相当な努力を払つてもその著作権者と連絡することができない場合として政令で定める場合は、文化庁長官の裁定を受け、かつ、通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者のために供託して、その裁定に係る利用方法により利用することができる」というものである。
「明日なき身」の親本――つまり単行本は2006年12月に講談社から出ている。当時、講談社はもちろん岡田と連絡が取れていた。2010年には短編の「灯」を自社の雑誌「群像」に掲載しているわけだから、当然その段階でも連絡は取れていただろう。その後、連絡が取れなくなった。2006年の単行本は「相当期間にわたり公衆に提供され、若しくは提示されている事実が明らかである著作物」に当たるだろうし、2010年の短編は「公表された著作物」に当たるだろう。これらをまとめて文芸文庫で出版したいと思った講談社が文化庁長官に裁定を諮り、岡田のための補償金を供託するという条件で、出版という「その裁定に係る利用方法」を申請した。そういう流れであったと推察される。
講談社は2017年2月1日に、著作権法第67条の2「裁定申請中の著作物の利用」第1項の規定に基づく申請を行い、同項の適用を受けて今回の刊行に踏み切ったという。それは、「前条(注・第67条)第一項の裁定(以下この条において単に「裁定」という。)の申請をした者は、当該申請に係る著作物の利用方法を勘案して文化庁長官が定める額の担保金を供託した場合には、裁定又は裁定をしない処分を受けるまでの間(裁定又は裁定をしない処分を受けるまでの間に著作権者と連絡をすることができるに至つたときは、当該連絡をすることができるに至つた時までの間)、当該申請に係る利用方法と同一の方法により、当該申請に係る著作物を利用することができる。ただし、当該著作物の著作者が当該著作物の出版その他の利用を廃絶しようとしていることが明らかであるときは、この限りでない」。
奔放に生きている私小説作家の著作が、奔放さから一番遠くにあるかのような著作権法に左右されるというのも皮肉な話だが、要するに次のようなことだと思う。作者・岡田と何らかの連絡が取れるか、出版停止の裁定が出るまで、講談社は自社の文芸文庫版においてのみ「明日なき身」の刊行を許される。岡田と連絡が取れたときは、本人が嫌だと言えば別だが、承諾が得られればそのまま出版を続けられる。書店で見かけるか、文庫化の話を伝え聞いた岡田本人からぜひ連絡をしてきてほしい――講談社の担当編集者のそんな思惑も込められていようか。
以上のような経緯で刊行に至った同書には、前述の2006年12月に講談社から出た「明日なき身」所収の4編(「ムスカリ」「ぼくの日常」「明日なき身」「火」)と、2010年3月に雑誌発表された現状の最新作「灯」が収められている。「ムスカリ」の主人公はセイホ――生活保護を受けている。「毎月、5日が“セイホ”の支給日。2、3日前になると、きまって金がなくなる。コインだけになり、セブン-イレブンのむすび、最低1個100円のを、1日ひとつ喰うことになる。それも買えなくなって、何も喰わずひたすら5日を待つときもある。原稿は遅々として捗るが、その間原稿料がはいるわけではない」と、生活の窮状が綴られている。5編すべてが。
さすがに大正や昭和の時代に書かれた、借金取りに追われて夜逃げをする私小説とは違うが、おむすび1つ買えなくなる平成の私小説も、悲惨さでは負けていない。あるいは岡田ほど極端でなくとも、本が売れない、生活が窮状に陥っているという作家は増えてきているのではないか。
しかし小説から目を上げて考えてみると、同じような話を別の本で読んだことを思い出した。「お金がなくて、病院に行くことをガマンしている」「年金暮らしなので、食事は1日1回。1食100円で切り詰めている」。テレビのドキュメンタリー番組「NHKスペシャル」取材班がまとめた「老後破産 長寿という悪夢」(2015年7月、新潮社刊)にそうある。
この本に登場する高齢者たちは、決して自由奔放に生きてきた私小説作家ではない。定年までサラリーマンとして仕事をしてきた人もいれば、職人や商店経営者として人生を送ってきた人もいる。正直に誠実に生きてきた普通の市民が、いま老後破産に陥っている。年金や生活保護を受給していても生活破綻が避けられない。それが21世紀の日本社会の現実なのである。
社会の私小説化と呼ぶべきか、私小説の社会化と呼ぶべきか。気がつけば、まさしく岡田文学の世界が身の回りに満ち満ちている。そんな時代になってしまった。(こや)

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2017/04/06 15:11 | コラム「たまたま本の話」

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