第81回 「オリエント急行殺人事件」を新訳で(アガサ・クリスティー)文学に関するコラム・たまたま本の話

アガサ・クリスティーの代表作「オリエント急行殺人事件(原著1934年刊)」がこのたび新訳で出た(安原和見訳、2017年4月、光文社古典新訳文庫刊)。再読して、面白いことに気づいた。作品の内容に触れるので、ご注意を。
オリエント急行の車内で金持ちの老人ラチェットが殺される。ラチェットは偽名で、実は逃亡中の極悪非道の犯罪者であった。彼がアメリカのアームストロング大佐一家の愛児を誘拐し、殺害した事件は世間を震撼させた。ラチェットを殺したのは誰か?「オリエント急行殺人事件」は、列車に乗り合わせた乗客全員が犯人という奇抜なトリックで知られるが、名探偵エルキュール・ポアロが乗客たちを評する場面が終盤にある。
「ここに集まった人たちは興味深い、なぜなら多種多様だから――このように階級も国籍もさまざまだと、そういう趣旨の(知人)の言葉でした。わたしもそのとおりだと思いましたが、あとでこのときのことを思い出して、こんなに多種多様な人々が一堂に会する状況が、ほかにあるだろうかと想像してみたのです。それで得た答えはこうです――アメリカ以外にはない。アメリカなら、さまざまな国籍の人間がひとつ屋根の下に暮らすこともありえます。イタリア人の運転手、英国人の家庭教師、スウェーデン人の乳母、フランス人の子守などなど。(中略)つまり、アームストロング家という舞台で、だれにどの役を与えればいいか考えていったわけです。劇の演出家がやるように」(安原訳)
たとえ国籍や身分がバラバラでも、そうした人々が一堂に会することができるのがアメリカという国の特徴なのだ――とポアロは主張している。ボアロの主張はすなわちクリスティーの主張でもあろう。クリスティーはアメリカという国をどう思っていたのだろうか。
19世紀後半から20世紀前半にかけて、ヨーロッパからアメリカ大陸に移住する者の数は急速に進んだ。1870年代から第1次世界大戦までの約40年間で、ヨーロッパからの移民は約3000万人(うち2000万人がアメリカ合衆国。残りはカナダ、アルゼンチン、ブラジル、オセアニア)に達し、ピークを迎えた。アメリカ合衆国の帝国主義期を支えたのも、これらの移民であった。19世紀の移民はアイルランドや北欧が多かったが、20世紀に入ると南欧、東欧からの流れに重心が移った。それ以前の西欧、北欧系の移民を「旧移民」というのに対して、この南欧、東欧系移民は「新移民」といわれた。新移民はイタリア人などの南欧系、ポーランド人、ロシア人などの東欧系の人々、それにユダヤ人が多かった。まさに「オリエント急行殺人事件」的な状況が、アメリカという一国に到来していたのだ。
クリスティーが生きたのは19世紀末(1890年)から20世紀後半(1976年)のイギリスである。旧移民から新移民に主流が移る時期のアメリカには縁が薄いように思われるが、周知のようにクリスティーの父親はアメリカ人の実業家であった。行く道が開かれれば来る道も開かれる。ヨーロッパからアメリカに移住するのとは逆に、クリスティーの父親のような――成功したアメリカ人がヨーロッパに移住するというケースも、この時期どうやら多かったようなのである。
立教大学の磯崎京子は、論文「アガサ・クリスティーの見たアメリカ――伝記から探るアメリカ観の変容――」(2005年、立教大学「異文化コミュニケーション論集」vol.3所収)の中で興味深い指摘をしている。「19世紀末から20世紀初頭にかけては、成功したアメリカ人が憧れのヨーロッパに来ることが流行しており、一般のヨーロッパ人にとっては、ヨーロッパにいるアメリカ人というとすべてお金持ちという単純な図式、しかも好意的な図式が出来上がっていたのであろう。新興国アメリカからやって来る成功したアメリカ人を、自分達の弟分として寛容に受け入れるという、精神的なゆとりと自信が当時のヨーロッパ人にはあったのではなかろうか」
1931年、クリスティーはオリエント急行で中東への旅に出た。そのときに遭遇したエピソードが面白い。磯崎はクリスティーの伝記本から引用しているが、孫引きしておく。イスタンブール出発後、洪水で立ち往生したオリエント急行の車内には、各国の乗客が乗り合わせていたが、アメリカ人のミセスの言動が一番、印象に残ったという。「いかにもあの国の人らしく」とクリスティーは彼女のことを書いている。ミセスは「アメリカならすぐに対策を講じるのに、ここではどうして何も手を打たないのか」と言い、新しい列車がやってきて乗り移ったものの、食物や暖房がないのを知るや、泣き出してしまった。磯崎はこの部分から「1930年代のアメリカ上流婦人のもつ、アメリカの近代設備・機能性・機動力への信奉への揶揄」を読み取っている。
アメリカは第一次世界大戦に勝ったことで、覇権主義的な勢力を伸ばし始めた。「オリエント急行殺人事件」は、ちょうどそういう時代に書かれている。クリスティーが実際に遭遇したアメリカの上流婦人は「オリエント急行殺人事件」のおしゃべりなアメリカ婦人、ミセス・ハバードのモデルになったと推察される。作中のアームストロング愛児誘拐殺人事件は、明らかに1932年に起きたリンドバーグ愛児誘拐殺人事件を意識していよう。
アメリカはいつ何が起きてもおかしくない物騒な国になってしまった。かつてアメリカに抱いていたクリスティーの好意が、苛立ちに変わってきたのがこの時期なのではないか。ヨーロッパから見たアメリカ批判――それが「オリエント急行殺人事件」という小説に結実したと思われる。(こや)



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