第27回 侮るなかれマック・レナルズ
(マック・レナルズ)
「地球外の星から最初の訪問者が飛来して、宇宙船を地球上に着地させる場合、着地点は、かならずしもホワイト・ハウスの芝生の上とは限らない。どこに着地するかもわからない――ひょっとするとケンタッキーの丘の上や山奥かもしれない。そうなったらどんなことでも起こりかねない。事実わたしの著名な共同編纂者が書いた、この愉快でばかばかしい話がそれを物語っている。F・B」
文末のF・BとはSFとミステリーでかつて才筆をふるったフレドリック・ブラウンのこと。そのブラウンが愛情を込めて紹介するのは、親友の作家マック・レナルズが書いたSF短編「火星人来襲」(1951年作)である。レナルズと共同編集に当たったアンソロジー「SFカーニバル」(原著は1953年刊。翻訳は1964年11月、創元推理文庫刊)に「火星人来襲」を収める際、ブラウンは上記の一文を添えた。
指折りの才人にここまで評価される「火星人来襲」とはどんな話か。以下、作品の内容に触れているので未読の方はご注意を(引用は小西宏訳)。
ケンタッキー州の山奥で酒の醸造所を経営しているコーイという一家がいる。彼らは税務署の役人や、仲の悪い近隣のマーチン一家を目の敵にしている。父、母、3人の子供ともそろって学がなく、中でも息子のレムは母親からも「ばか息子」と呼ばれているほどだ。家族がちょうど出払ってしまい、レムが森の中で一人留守番をしているところに、火星人たちが地球人に変装して現れて……というストーリー。
異星人がひそかに地球征服を企むというシチュエーションは、米ソ冷戦の時代を象徴している。
火星人の隊長はあらかじめラジオで地球および地球人の情報を仕入れてきている。「われわれは油断なく感覚をとぎすまして、サム・スペードや、スーパーマンや、ローン・レインジャーを警戒しなくてはならない」と仲間に注意を促す。
「驚くべき能力を持つ、邪悪きわまりない3人の地球の戦士ですよ。彼らの活動ぶりを、かなりのあいだラジオから聴取してきましたが、彼らは千里眼を持っているらしく、暴力沙汰の現場にはかならずといっていいくらい、3人のうちの誰か1人が登場してきます」
この小説の書かれた1950年代が、冷戦時代であると同時に1930年代から連綿と続くポップカルチャーの全盛時代だったことがわかる。説明の要もないだろうが、サム・スペードはハードボイルド作家ダシール・ハメットが1930年の「マルタの鷹」で初登場させた私立探偵。
ローン・レインジャーはジョージ・W・トレンドルとフラン・ストライカー原作の西部劇の主人公。1933年からラジオドラマが放送され、好評を博した。
スーパーマンについては言わずもがな、1938年にアクション・コミックス誌に登場して以来、現在までアメリカ最大のヒーローの座を守っている。つまり火星人たちはミステリー、ラジオドラマ、コミックスから地球に関する知識を得ているわけである。
この火星人たちと頭の弱い息子レムとの掛け合いが、まるで落語の与太郎話を聞いているようできわめて面白い。レムは「おれたち家族はマーチンを探している。マーチンを見つけたら撃つ」と言う。
それを聞いた火星人は「マーシャン(火星人)を撃つつもりだ。地球人にわれわれの存在がばれているのだ」と勘違いする。そこで火星人は毒薬やIQ抑圧器や伝染病菌を持つ蚤を使って目の前のレムをやっつけようとするが、ことごとく失敗する。
もともと「ばか息子」なのだから、IQをそれ以上抑圧したって効果あるはずはない。あげくの果てに「われわれはマーシャンだ」と火星人がメッセージを述べた途端、レムに「マーチンめ」と散弾銃をぶっ放され、ほうほうの態で宇宙船に戻って地球から去っていくという体たらく。
なかなかの水準のユーモアSFだが、最近になって原題「The Martians and The Coys」に意味がありそうなことに気づいた。このタイトルはウォルト・ディズニー制作のアニメ映画のパロディーになっているのではないか。
1946年4月、ディズニーは「Make Mine Music」という10編の独立したミュージカル・ファンタジーからなるオムニバス作品を作った(日本未公開、かつてビデオ発売されたという記録あり)。その中の1編に「The Martins and the Coys」というのがある。ある土地の谷間を挟んで仲の悪いマーチン一家とコーイ一家が住んでいる。ついには一家同士の決闘になるが、最後に残った両家の息子と娘が恋に落ちてしまうというストーリー。内容はレナルズ作品とだいぶ違うにしても、タイトルはaが1つあるかないかだけの違いである。
全くの推測だが、この日本未公開のディズニー短編アニメは本国アメリカではかなり人口に膾炙しているのではなかろうか。隣り合う一家が争いを繰り返すというシチュエーションは、アメリカ文学はもとよりフランス映画「禁じられた遊び」などにも登場し、現在まで脈々と受け継がれている。
その初期の代表作というか、クラシックとされているのがディズニーの「The Martins and the Coys」であって、以来、マーチンとコーイと言えば対立する家族の代名詞になっているのでは――。そんな気がする。
マック・レナルズを侮るなかれ。この一筋縄ではいかない作家はディズニーアニメからも想を得ていた。そんなレナルズの名が、2012年9月に限定復刊された創元推理文庫の「SFカーニバル」の表紙や扉や奥付から消え、同書はフレドリック・ブラウンの単独編集の扱いになっている。日本の出版社が2人の知名度を考慮した結果だろうが、残念と言うしかない。(こや)
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