海外文学のコラム・たまたま本の話 第38回  「猿の手」の謎と伏線」(ウイリアム・ウイマーク・ジェイコブズ)
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第38回 「猿の手」の謎と伏線
(ウイリアム・ウイマーク・ジェイコブズ)

 ウイリアム・ウイマーク・ジェイコブズの「猿の手」(1902年9月、ハーパーズ・マンスリー誌に掲載。原題:The Monkey’s Paw)といえば、言わずと知れた怪奇小説の名作である。日本における本格的ホラーアンソロジーの嚆矢とされる「怪奇小説傑作集」の第1巻(1969年2月、創元推理文庫刊)にも、平井呈一訳で収録されている。

 あまりにも有名な話だが、一応あらすじを書いておく。未読の方はご注意を。
 老いたホワイト夫妻が、インド帰りの知人から猿の手のミイラをもらい受ける。知人が言うには、その猿の手には魔力が宿っていて、持ち主の望みを3つかなえてくれるという。息子ハーバートに勧められる形で、ホワイト氏は「家のローンの残りを支払うために200ポンドが欲しい」と望む。その翌日、息子が勤務先の工場で機械にはさまれて死んだと知らせが届く。会社は賠償責任を認めないが、気持ちばかりの見舞金を支払う。その額がまさしく200ポンドだった!
 息子を墓地に埋葬してから1週間ほど経った夜、どうしても諦めきれない妻は夫に懇願する。夫は妻の願いを断りきれず、「息子を生き返らせてほしい」と2つ目の望みを口にする。しばしの後、夫妻は家のドアを何者かがノックする音に気づく。「息子が帰ってきましたよ」とドアを開けようとする妻だが、「入れちゃいけない」と、夫はガタガタ震えながら最後の3つ目の願いを言う。途端に激しいノックの音はとだえ、玄関の外にはだれもおらず、ただ街灯があたりを照らしているばかりだった。

 これは実によくできた話である。せっかく墓から呼び戻した息子を、「ふた目と見られない姿だったら……」と、最後の願いで自ら墓に戻さなければならなかった父親の引き裂かれるような気持ち。怪談であるとともに、老いた両親の自慢の息子に対する深い愛情が描かれた人情譚でもある。3つの願いごとをかなえてくれる話は世界のあちこちにあるが、それが怪奇小説に結実した最高の1編と言っていい。

 ところが今回、調べてみて知ったのだが、この名作の解釈について、かつてミステリー作家の有栖川有栖と北村薫の間で論争が起きている。最後に家のドアの向こうにいたのは何だったか――について、2人の見解には相違がある。
 北村はそれを「ゾンビのようなもの」という。作者は周到に伏線を張っている。死後1週間ほど経ってから母が、猿の手で息子が甦るかもしれないことに気づくのはなぜか。「埋葬からの1週間は死体が傷むための1週間である」と北村は主張する。これが一般的な「猿の手」理解で、大方の読者はこの意見に賛成するだろう。
 それに有栖川は異をとなえる。「1週間というのは両親が悲しみのどん底まで沈んで、母親の心に魔が差すまでの期間であって、死体がゾンビになるまでの期間ではない」と指摘する。ゆえにドアの外にいたのはゾンビではないと結論づける。では何だったか。元気なときのままの息子ハーバートである――と。そこから有栖川は、死んだはずのハーバートが元気な姿で戻ってくるということは、実はハーバートは死んでいなかったのではないか、と持論をさらに発展させる。何しろ彼はこの論争を元に「猿の左手」(2008年7月、光文社刊、「妃は船を沈める」所収)という推理小説を書いてしまったくらいである。

 いずれ劣らぬ本格ミステリーの書き手だから、どちらの意見にも一理ある。両者の見解の相違は、「猿の手」という作品の本質に迫っているようできわめて面白い。確かに作者ジェイコブズは、超自然現象について一切、描写していない。願いをかけるときに猿の手が動いた、というのもホワイト氏の主観に過ぎないし、最後にドアを叩いたのが果たしてゾンビなのか、元気な息子なのかも描かれていない。そもそも本当にハーバートだったのかも分からない。
 そして、あまりにも名作だからこれまで何の疑問も持たなかったのだが、実は最後の第3の願いがどんな内容であったのかも書かれていないのである。「間髪を入れず、老人は猿の手をさぐりあてた。そして狂乱のていで、3度目の最後の願いを祈った」の次は、「とたんに、ノックの音がパッタリとやんだ」に続いている(平井呈一訳)。ホワイト氏は果たして「息子を墓に戻せ」と言ったのだろうか。

 ほかにも気づいたことがある。ホワイト氏が自らの意思だけで口にした願いは、最後のものだけだったという点。第1の願い「われに200ポンドを授けたまえ」は、息子ハーバートに「その金があれば家のローンが払える」と強く勧められてのものである。
 そして第2の願い「願わくは、わが倅を生き返らせたまえ」も、妻に強くせがまれて代わりに祈ったに過ぎない。ホワイト氏自身は強く反対していたのだ。それは前述のように「息子がふた目と見られない姿で帰ってきたら……」という恐怖感から来るものであるが、それ以上に「一度死んだ者を生き返らせること」、つまり自然の摂理に反することへの畏怖があるだろう。

 摂理に反することを父に提示して、自ら命を落とした息子ハーバート。同じく摂理に反することを夫に提示して、半狂乱になってしまった妻。息子と妻は因果応報というか、すでに自ら責任をとっている。ホワイト氏自身が口に出した第3の願いが、「息子を墓に戻せ」だったにせよ、「誰か分からないがノックをやめさせろ」だったにせよ、これは前の2つとは違う。何かを得るプラスではなく、何かを失うマイナスの望みに過ぎない。
 つまりホワイト氏は最後に「ご破算にする」形ですべての責任を取ったのだとは読めないか。名作には解明できない部分が多いが、「猿の手」にも多くの伏線や謎がある。(こや)

ウィリアム・ワイマーク・ジェイコブズの作品が掲載された古本「イギリス怪奇傑作集」

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2013/10/06 17:13 | コラム「たまたま本の話」

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