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2024/05/09 11:26 |
海外文学のコラム・たまたま本の話 第40回  「マラマッドは古典作家か」(バーナード・マラマッド)

第40回 マラマッドは古典作家か
(バーナード・マラマッド)

 バーナード・マラマッドの代表作「魔法の樽 他12篇」(2013年10月、岩波文庫刊)が、阿部公彦の新訳でこのたび刊行された。日本でもかつて1970年前後に荒地出版社、角川文庫、新潮文庫からそれぞれ翻訳(抄訳)が出て、人気のあった作品である。いまごろ岩波文庫に初収録とはずいぶん遅い印象があるが、原著の刊行は1958年。驚いたことに、バリバリの戦後派文学なのである。

 マラマッドは1914年に生まれている。最初の長編「ナチュラル」が1952年、続く2作目の長編「アシスタント」が1957年の発表。本書はそれに続く処女短編集である。作家としては遅咲きのスタートだった。何となく古典的な作家というイメージがあるのはそのせいだろうか。あるいは安部公房が以前インタビューで語っていた、こんなマラマッド評も影響しているかもしれない。
「――ユダヤ人作家の中で、安部さんがとくに関心を寄せられている一人はマラマッドですね。それもやはり同時代性ということですか。
安部 いや、少しずれるようだ。多少前の世代に属する感じがある。(中略)マラマッドにはさほど同時代性は感じられない。彼には非常に優れた素質と、ものを見る目に、とかく僕らが忘れがちな繊細な愛情というものがあると思う。むしろ、ドストエフスキーの現代版みたいなところがあって、たしかに一世代前のものではあるけれど、やはり見失っては困るものだろう。だから、マラマッドは方法の上でかなり異質だけど、好きなんだ」(インタビュー「内的亡命の文学」、1979年1月)

 ここでマラマッドの略歴をたどってみよう。前出の岩波文庫版「魔法の樽」の解説で、訳者はこうまとめている。
 「バーナード・マラマッドは1914年、ロシア系ユダヤ人の両親の元にニューヨーク・ブルックリンで生まれた。年代からもわかるようにマラマッドの両親は、帝政ロシア期のユダヤ人迫害を逃れてアメリカにやってきたのである。ブルックリンと言えば(中略)つい最近までそこは貧しい住民の多い、危険な場所でもあった。ましてやマラマッドの両親が移住してきた20世紀はじめのブルックリンは、迫害の地から命からがら逃げてきたような移民も多くいた地域で、それだけに日本的な意味とはまた別の人情や情念の渦巻く場所でもあった。(中略)
 ニューヨークに移住したユダヤ人の多くは、子供たちの教育には熱心だった。マラマッドは両親の店を手伝いながら高校に通い、卒業後、一時的に教員見習いとして働いたが、その後ニューヨーク市立大で英文学を勉強し、コロンビア大の修士課程に進んでトマス・ハーディの研究で修士号を取得している(中略)。貧しい家庭に生まれつつも、学校では成績優秀で利発な子供だったマラマッドは、奨学金の助けも借り、苦学しながら学歴を得ていく。そこには持ち前の勤勉さも大きく役立っていた」

 本書の冒頭に置かれた短編「はじめの7年」には、そんな勤勉な苦労人マラマッドの分身といえる人物がちりばめられている。靴屋のフェルドが、自分の娘ミリアムの結婚相手に、知り合いの大学生マックスはどうかと薦める。フェルドはポーランド移民で教育熱心だが、娘ミリアムは教育を受けるよりも早く自立して仕事をしたいと思っている。マックスは行商人の息子だが、大学に通っている勤勉家である。ミリアムとマックスは何度かデートするが、「物質主義者(マテリアリスト)」マックスにミリアムは興味を示さない。
 フェルドの店にはソベルという腕のいい靴直し職人がいる。店主のフェルドといさかいがあって彼は店を飛び出してしまう。代わりに雇った助手が店の金を使い込んでいたことが発覚し、フェルドはソベルに戻ってきてくれと言う。そのとき35歳のポーランド移民のソベルは、実はあなたの娘の19歳のミリアムが好きだと言う。激情にかられたフェルドは「ソベル、お前は狂っている。ミリアムがお前みたいに年取った醜い男と結婚するわけがない」と言い放ってしまう。
 ソベルは泣く。やがてフェルドは暴言を吐いたことを涙ながらに反省し、ミリアムと彼の結婚を了承する。最後、ソベルは店に戻って以前のように仕事を再開する。

 安部公房がマラマッドを「前の世代に属する作家」と感じる理由はここにある。実に古典的なプロットと、アメリカのユダヤ人社会のリアリズム描写。安部が「ユダヤ性」といえば、それは同じユダヤ人でもフランツ・カフカのことだから、こうした短編を書くマラマッドから同時代性を感じないのも無理はない。心温まるストーリー展開は、雑誌「ニューヨーカー」に載るような大衆文学の味わいにむしろ近い。
 しかし本当に心温まる話――だろうか? フェルドはアメリカに渡って一軒の靴屋を持ったから、ひとまず成功者かもしれない。ソベルは命からがらヒトラーのガス室から逃れてきたが、いまだに使用人に甘んじている。いわばこれは勝ち組が自分の娘を奪っていく負け組に怒りをぶつける話だが、もとを正せばどちらもポーランド移民である。アメリカという大国の中の小さなユダヤ人社会で細々と生きていくほかに道はない。期待を込めて育ててきた娘も母親と同様、靴職人の妻となるしかないだろう。そうした諦念を抱く成功者も、婚約して人生に希望が出てきた使用人も、逃れられないユダヤ民族の連鎖の中にいる。

 マラマッド作品の登場人物に「弱さ」や「貧しさ」などネガティブな要素を見る評者は多いが、それでも彼の文学は多くの読者に読まれる。対立する者同士が、ヒットラー対ユダヤ民族の構図ではなく、ユダヤ人対ユダヤ人の「最後は分かり合える」関係になっているからだろう。それが絶望の中のささやかな希望の光に過ぎなくても。(こや)


バーナード・マラマッドをWIKI PEDEIAで調べる

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2013/12/13 16:36 |
コラム「たまたま本の話」

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