第41回 ジャック・リッチーの短編作法
(ジャック・リッチー)
帯には「『このミステリーがすごい!』第1位作家が、ものすごい手をつくした厳選短篇23篇!」とある。「すごい」が2つも続く、かくも仰々しいキャッチコピーを引っ提げて、先ごろ「ジャック・リッチーのあの手この手」がハヤカワ・ミステリの1冊として刊行された(2013年11月、早川書房刊)。「クライム・マシン」「10ドルだって大変だ」「ダイアルAを回せ」「カーデュラ探偵社」に続く、ジャック・リッチー5冊目のオリジナル短編集。しかも編者の小鷹信光が貴重な原文を入手して厳選したという、オール初訳の23編が収録されている。日本でリッチーの短編集が翻訳刊行されるのは3年ぶりだから、これは確かに2013年海外ミステリーの収穫の一つかもしれない。
ジャック・リッチーは1922年、アメリカのウィスコンシン州ミルウォーキー生まれ。ミルウォーキー教員養成大学を卒業後、第二次世界大戦ではアメリカ陸軍に入隊していた。終戦後は家業の洋裁店を手伝っていたが、デビュー前のこの時期に短編小説をずいぶんと書き溜めていたらしい。
1953年にニューヨーク・デイリー・ニューズ紙に掲載された「Always the Season」で作家デビュー。以後、亡くなる1983年までの30年間、「マンハント」「ヒッチコック・マガジン」「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」などのミステリー雑誌に毎月のように作品を発表し続けた。1961年発表の「クライム・マシン」は各種の短編アンソロジーに何度も収録されている名作だし、また1981年発表の「エミリーがいない」では翌1982年のアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の最優秀短編賞を受賞している。
奇妙なのはこれだけの売れっ子作家なのに、著作の出版では長らく不遇を囲っていたことである。生前に刊行された著書はわずか1冊、1971年の短編集「A New Leaf and Other Stories」のみ。これとて短編「The Green Heart」がウォルター・マッソー主演で映画化(「おかしな求婚」、原題は「A New Leaf」)されたことによる便乗出版だろう。
生涯に350編を超える短編小説を残した作家としては、寂しい限りである。ちょっと器用な職人作家として、軽視されていたのだろうか。むしろ日本では生前、「クライム・マシン」1編を除いて知名度が低かったために、死後20年以上も経ってから再評価の機運が逆に盛り上がってきたとも言えるのだが。
さて、ここからが本題。かつてインタビューで本人が答えていたところによれば、リッチー独特の短編小説作法があるという。「カーデュラ探偵社」(2010年9月、河出文庫刊)の解説で羽柴壮一が紹介している。
「ショートショートなら、書き始める前に、ほとんど一言一句にいたるまで頭の中で作品が出来上がっているというリッチーだが、もっと長いものになると記憶力に頼ってはいられない。この場合は『ジグソー法』と名づけた方法をとる。
まず物語を、冒頭、中盤、結末、どこでもいいから書き始める。作業の途中で思いついたアイディアや文章があれば、前後1行あけて書きとめておく。ほぼストーリーが完成したと思ったら、ハサミを取り出してタイプ原稿を適切な箇所で切っていく。あとはそれを並べ替えてつなげるだけ。リッチーいわく、『これでうまくいく。もっとも、私はジグソー・パズルのちょっとしたマニアでね。むかし、時間がたっぷりあったころには、何時間でもそうやって並べ替えていたものさ』」
かなりユニークな創作法だが、考えてみるとどことなく他の何かに似ているようにも思われる。これはむしろコラムやエッセーを書く手法なのではないか。名コラムニストの青木雨彦は、かつてある著書の中で、自分の書きたいことを整理する方法について「箱庭にして全体を見通す短冊方式がいい」と語っていた。
①まず短冊のような細長いメモ用紙を作る
②書こうとする文章の中で落とせない要点を思いつくまま1枚のメモ用紙に1つずつ
書き込む
③書き込んだ短冊を机の上いっぱいに広げる
④これは序論に使う、これは結論にとっておく、などと入れ替える
⑤机の上に並んだ骨組みをつなぎ、肉をつけて、所定の長さの文章に仕上げる―。
この作業の利点として、青木は次の点を挙げていた。「頭の中にあるかすみのようなものが、紙に書き写すことによってハッキリと形にまとまる」「短冊に書くとき見出し文句のように短く濃縮するので、自分の言いたいことが簡潔にできる」「机の上に項目別にグループを作ってまとめるので、大事なことで落ちこぼしがあるかどうか点検できる」「序論、本論、結論に使うネタを、簡単に自由に入れ替えられる」「骨組みさえできれば、後は原稿の長さは実例を入れるなどで調節できる」。まさにリッチーの短編小説作法にそっくりではないか。
試みに「ジャック・リッチーのあの手この手」所収の1980年発表「ABC連続殺人事件」を見てみよう。A、B、Cの順に人が殺されていく、アガサ・クリスティーの名作に想を得ながらも、クリスティーと全く異なる謎と解決を導き出していく。定評のある簡潔な文体は確かにここでも見事で、ヘンリー・ターンバックル部長刑事とその同僚が事件に対するそれぞれの仮説を積み上げていくという、謎解き合戦の鮮やかさには思わず舌を巻く。なかなかの短編なのだが、残念ながら隔靴掻痒の部分がなきにしもあらず。
ネタバレになるのを承知で言うと、最後にA、B、Cの頭文字を持つ三つ子が出てくるのだが、本質と関係がない部分にとどまってしまっているのだ。これなどはABCと三つ子というジグソー・パズルのピースを思いつきながらも、それが適材適所にうまくはまってくれなかった例だろうか。(こや)
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