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2024/04/24 03:51 |
第49回 「長方形の部屋」がはらむ問題 (エドワード・デンティンジャー・ホック)

第49回 「長方形の部屋」がはらむ問題 (エドワード・デンティンジャー・ホック)

野村胡堂は「銭形平次捕物控」シリーズを生涯に383編、書いたといわれる。これが同一作家による同一キャラクター作品の最多世界記録だろうが、20人以上のシリーズキャラクターを生み出し、総数約1000編という数の短編を残した、とんでもない作家がアメリカにいた。長編はわずか8編のみ(異説あり)。1955年のデビューから2008年に死去するまで、ほとんど短編のみを書き続けていたというから驚く。エドワード・デンティンジャー・ホック(1930年-2008年)である。

 特に有名なキャラクターを挙げてみれば、ニック・ヴェルヴェット(怪盗ニック)、ジュールズ・レオポルド警部、サム・ホーソーン医師、オカルト探偵サイモン・アーク、などなど。それぞれ数巻に及ぶ作品集が日本でも出版されているから、読んだことがあるという方も多いだろう。短編小説の執筆だけで生計を立てている稀有な作家として有名だった。
 このホックの代表作に「長方形の部屋」(The Oblong Room)という短編がある。「セイント」誌の1968年7月号に発表され、MWA賞の最優秀短編賞を受賞している。キャラクターでいえばレオポルド警部シリーズの1編である。日本では1973年6月に早川書房から刊行された伝説的な名アンソロジー「37の短編」(世界ミステリ全集 第18巻)で初めて訳された。以下、ストーリーに触れるので未読の方はご注意を。

 ある大学の学生寮で殺人事件が起こる。殺されたのはラルフ・ローリングスという大学2年生の男。殺したのは同室のトム・マクバーンという、やはり大学2年生の男。容疑者と被害者はもうはっきりしている。問題はここからで、マクバーンは隣室の住人に発見されるまで22時間もローリングスの死体と一緒にいた。それはどうしてなのか。そして、仲が良かったはずの同室の友人をどうして殺したのか。レオポルド警部がガールフレンドや隣室の住人ら関係者から話を聞いて回っても、その「なぜ」の部分が一向に見えてこない。
 つまりこの作品は事件の犯人探しがテーマなのではなく、犯行の動機探しがテーマなのである。謎解きの本格推理小説ではない。というより推理小説でさえないかもしれない。
 犯人のマクバーンと話し合ったレオポルド警部は、やがてこう結論づける。ローリングスが自分の心臓を刺すように、マクバーンに言ったのだ――と。ではマクバーンはどうして死体のそばに長い間じっとしていたのか? ラストはこう締めくくられる。「待ってたのさ」レオポルドは目を宙に向けたまま、静かに言った。「ローリングスがよみがえるのをね」。

 「長方形の部屋」というタイトルは、エドガー・アラン・ポーの短編小説「長方形の箱」からインスパイアされている。作品の中でも触れられていて、この部屋の形はポーの小説にあった長方形の箱――つまり棺桶を思わせる。まさにローリングスの墓場だ、とマクバーンも答えている。ここが肝心の部分で、「37の短編」にこの作品を選んだ評論家の石川喬司は、選出の理由をこう述べている(同書巻末の座談会「短篇の魅力について」より)。
 「石川 最後の数行がきいていると思って取ったんですがね、この場合は、つまり、いまでもそうだけれど、アメリカのヒッピーというか、神なき世代、そういう連中の行動を解くカギみたいなものが、ミステリの形で出かかっているんじゃないかという気がしたのです」
もちろん反対意見もある。同じ座談会において、翻訳家の稲葉明雄のこの作品に対する評価はかなり低い。
 「稲葉 (中略)こういう形式のものは、日本でも外国でも一般の小説に古くからありますね。それを新しい風俗と結びつけたというにすぎないのじゃないかと思うんですが」
この稲葉の見解を認めながら、石川は自説を続ける。
 「石川 (中略)因果関係とか、現実の生と死の見分けのつかなくなった狂人という形で、これまであったわけです。こんどはもっと“狂気”というものが個人の内面だけのものじゃなくて、時代の産物じゃないかという形で描いていると思ったんですけれども」

 さて――現在のわれわれから見ると、このホックの「長方形の部屋」はそれほどの出来ばえの作品とは言えないかもしれない。しかし発表された1968年という時代を考えれば、大きな問題を提起しているように思われる。
 殺されたローリングスは、教祖のようにマクバーンの精神を支配していた。マクバーンは、ローリングスのためならどんなことでもする、命をかけてもあの男を信じる、と語っていた。そしてローリングス自身の指示によって彼を殺した後で、マクバーンは彼の再生と復活を願ってずっと待ち続けたのだ。これはすでにカルト指導者と信者の宗教的な信頼関係である。

 思い出してほしい。ホックの短編が書かれた翌年の1969年には、全米を震撼させたチャールズ・マンソン・ファミリーによる女優シャロン・テートらの惨殺事件が起こっている。カルト指導者のマンソンが、自分のファミリー(つまり信者)に命じて無差別殺害を実行させたのだ。マンソン事件だけではない。1960年代から70年代にかけて、カルト指導者が関与した同様の犯罪が全世界で多発するようになった。
 その意味で、石川が前出の座談会でカルト宗教の狂気を「時代の産物」ではないか――と読み取っていたことは卓見であろう。そのメッセージを時代に先んじて、しかもキャラクターものの短編推理小説の中にそっと潜り込ませたホックの先見の明は、大いに評価されるべきである。(こや)


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2014/09/07 16:33 |
コラム「たまたま本の話」

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