第52回 新訳で読む「賢者の贈りもの」(オー・ヘンリー)
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第52回 新訳で読む「賢者の贈りもの」(オー・ヘンリー)

ここのところの海外古典文学の新訳ブームは、出版各社の文庫にも及んでいる。中でも新潮文庫の躍進ぶりが目を引く。「Star Classics 名作新訳コレクション」と題して、これまでにジェイン・オースティン「自負と偏見」(小山太一訳)、ジェームズ・M・ケイン「郵便配達は2度ベルを鳴らす」(田口俊樹訳)、サマセット・モーム「月と6ペンス」(金原瑞人訳)などを出しているが、2014年12月1日には「賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選Ⅰ」が小川高義訳で刊行された。かつて新潮文庫の旧訳版「O・ヘンリ短編集」全3巻(大久保康雄訳)で海外文学に目を開かれた世代としては、満を持しての真打ち登場といったところか。新訳を一読し、改めて感心した。
 冒頭の「賢者の贈りもの」は、あまりにも有名な話だが、一応あらすじをまとめておく。妻のデラはクリスマスを明日に控えて、1ドル87セントしか持ち合わせがない。デラは夫のジムにプレゼントを贈るために、自慢の黒髪をかつら屋に売って、そのお金で時計につけるプラチナの鎖を買う。ジムは先祖代々から伝わる立派な金時計を持っているからだ。仕事から帰宅したジムは、デラの短くなった髪を見て驚く。何とジムからのプレゼントは、デラが長い髪をすくための櫛のセットだった。長い髪はすでになくなっていた。デラは涙を流しながら、金時計につける鎖のプレゼントをジムに渡す。ジムはにっこりしながら言う――「あの時計は売っちゃった。君の櫛を買うためにね」。

 このストーリーには「The Gift of the Magi」というタイトルが付けられている。the Magiというのは「東方の3博士」のこと。新約聖書に登場し、キリスト降誕のときに供物を持ってきて拝んだ賢者とされる。O・ヘンリーは続けてこう書いている(小川高義訳、以下同)――「東方の3博士というのは、ご存じのとおり、みごとな賢者なのだった。飼い葉桶に寝かされた赤ん坊のイエスに、たっぷりと贈りものを運んできた。いわばクリスマスプレゼントの元祖である。賢い3人が贈ったのだから、さぞ賢いものだったろう。もし同じ品が来てしまったらお取り替え、というサービスだって、まあ、なかったとは言えない。ともあれ、つたない語りだったが、こうして若い2人の話をお聞かせした。どうということもないアパート住まいにあった大事な宝を、すれ違って犠牲にするという、ちっとも賢くないことをしたのである」。
 しかしO・ヘンリーはこの物語を「愚者の贈りもの」にはしなかった。彼は話をこうやって締めくくる――「しかし最後に、今の世の賢い方々に言っておく。およそ贈りものをする人間の中で、この2人こそが賢かった。贈りものを取り交わすなら、こうする者が賢いのだ。どこの土地でも、こういう者が賢い。これをもって賢者という」。

 さて、この話を読んだ感想はいかがだろうか。賢者に関する説明がくどすぎる? 子供向けにリライトされたものでは、説明の部分をバッサリ切っているケースも少なくない。小説における説明過多の傾向は、19世紀文学のエドガー・アラン・ポーなどにもよく見られる。つまりO・ヘンリーは、活躍した時代は20世紀初頭だけれども、かなり19世紀的な作家だといえるのではないか。
 訳者の小川は、新訳版のあとがきでこう書いている。「O・ヘンリーは落語家タイプなのである。話の進行をとりしきる語り手の存在が、相当程度に感じられる。話の枕のような書き出しも多い。極端な場合には(中略)作者が口をはさんで、話の導入の仕方、途中の進行について注釈をつけている。『ショートストーリー』というよりも、やや古めかしい『テール(tale)』という用語のほうが似つかわしいのかもしれない。これは語源的には『語る(tell)』と近縁で、まさに『語り物』である。かつてはポーもホーソーンもメルヴィルも、自作の『短篇』にテールという言葉を使っていた」。そして鋭く指摘する――「O・ヘンリーは20世紀のトップバッターというよりは、19世紀のラストバッターではなかったかと訳者は思う。それが安打製造機なのだった」。

 O・ヘンリーの経歴をたどってみると、1862年、米国に生まれている。本名はウィリアム・シドニー・ポーター。薬剤師やジャーナリストを経て、やがて銀行にも勤めたが、1896年、銀行から週刊紙の経営資金を横領した嫌疑をかけられる。裁判に臨む寸前に逃亡したというから、果たして罪を犯したのか無実だったのか、はっきりしない。その後、有罪判決を受け1898年にオハイオ州の刑務所に収容される。模範囚として減刑され、3年3か月の服役期間を終えて、1901年に釈放された。
 すでに刑務所内から作品を雑誌に寄稿していたというが、要するに作家O・ヘンリーになったのは釈放後のことなのである。1910年に47歳で亡くなるまで、実質9年の作家生活で残した作品は381編というから、きわめて多作であろう。それも晩年に突然、多作になる異例の作家だったわけだが、その作家的素養がどこにあったのかと考えれば、19世紀後半のアメリカに生まれたことである。
 19世紀末に刑務所に入って、出てきたのが20世紀の幕開けだから、小説を書くお手本にしたのはポーやホーソーンなどの19世紀アメリカ文学だったのは当然である。
「賢者の贈りもの」で、「今の世の賢い方々」というのは20世紀人を指している。しかし真の賢者は、20世紀においては愚者と思われかねない主人公の2人なのだ――とO・ヘンリーは自信を持って言い切るのである。ひょっとして刑務所で読まされたであろう聖書の教えが、20世紀に生きる19世紀人O・ヘンリーを形成したのかもしれない。(こや)

「賢者の贈りもの」

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2014/12/08 13:26 | コラム「たまたま本の話」

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