第54回 「輪廻の蛇」と性転換(ロバート・アンソン・ハインライン)

第54回 「輪廻の蛇」と性転換(ロバート・アンソン・ハインライン)

 ロバート・アンソン・ハインライン作の「輪廻の蛇」(原題――All You Zombies――)といえば、タイムパラドックス・テーマの究極とされる名作である。この作品を原作とした映画「プリデスティネーション」の日本公開(2月28日予定)に合わせて、長らく品切れだった短編集「輪廻の蛇」が新装版で復刊された(矢野徹・他訳、2015年1月、ハヤカワ文庫SF刊)。
収録されているのは中・短編6編。これを機に表題作を読み返し、改めて感心した。有名な作品だが、ストーリーを改めてたどってみたい。未読の方はご注意を。

 1945年にクリーブランドの孤児院に生後すぐの女児が置き去りにされる。女児はそこで育つが、やがて1963年、18歳になったとき、街を放浪している男と恋をする。
最初優しく見えた放浪者は、彼女を公園で暴行し、姿を消してしまう。妊娠した彼女は、女の子を出産する。その際、彼女は両性具有者であったことが判明する。
女性機能は出産によって失われてしまい、性転換の強制手術によって、彼女は以後、「彼」として生きることになる。しかも生まれたばかりの赤ん坊は、何者かによって誘拐されてしまう。

 やがて1970年、生きる希望を失った彼は、飲んだくれのゴシップ記者=放浪者となっている。とあるバー「ポップ酒場」(Pop‘s Place)に足を踏み入れ、これまでの自分の不幸な身の上を、その店のバーテンダーに語る。
実はこのバーテンダーは、タイムトラベラーの部隊「航時局」の一員である。タイムトラベラー部隊に彼をスカウトするために、未来から1970年にやってきたのだ。バーテンダーと彼は、彼女を妊娠させて姿を消した放浪者に復讐するため、タイムマシン(航時機)に乗って1963年にやってくる。

 彼を1963年で降ろしたバーテンダーは、1人で1年後の世界に向かい、病院から生まれたばかりの赤ん坊を誘拐し、1945年の孤児院に置いていく。そして1963年の公園に戻る――そう、放浪者が彼女を暴行したあの公園に。
彼はいまや自らがあの放浪者となり、彼女を暴行する側になっていたのだ。バーテンダーは彼の肩を叩いて言う。「さあ、問題の男が誰だかわかったろう――よく考えてみればきみは自分が何者かわかるだろう――それに、もっとよく考えてみれば、あの赤ん坊が誰だか……そして、このわたしが誰だかも」

 バーテンダーと彼は1985年の未来に行く。バーテンダーの推薦で、彼は航時局の一員となる。やがて彼は航時局員の中でベテランメンバーとなり、1970年の「ポップ酒場」で放浪者を新兵としてスカウトするために、バーテンダーに扮して時空を飛んでいく――。ここで物語は終わる。

 孤児院の女児、放浪者、バーテンダーは、むろん同一人物である。男である自分が、少女である自分を暴行して父になる。少女である自分が、男である自分に暴行され母になる。生まれた女の子は自分である。バーテンダーである自分が、赤ん坊である自分を誘拐して過去に連れ去る。そして放浪者である自分が、バーテンダーである自分にスカウトされて航時局員となる。
家系図を描けば、父、母、娘だけでなく、孤児院の女児、放浪者、バーテンダーすべてがたった1人の人物に回帰する。まさに「輪廻の蛇」という小説は、タイムパラドックスの極致を描いている。

 謎を解くヒントは作中の至るところに散りばめられている。「ポップ酒場」(Pop‘s Place)のポップは「パパ」であるし、自分の尻尾を無限に呑みつづける「輪廻の蛇」の指輪のエピソードや、酒場のジュークボックスから流れる曲が「わたしは自分のおじいちゃん」であることなど、すべて読み終えた後になって、思わず「なるほど」と読み手をうなずかせる仕掛けがあちこちに施されている。

 特筆すべきは、女が男になるという設定がなければ、このストーリーは成立し得ないことであろう。ハインラインが「輪廻の蛇」を書いたのは1959年3月。そんな時期に性転換とは……と驚くが、実は「性転換」の概念そのものは1920年代からあった。1950年代には、すでにその関係の手術が行われていたという記録がある。インターネットの医療関連資料から要約する。

 アメリカ人の性転換の第1例目はクリスティン・ヨルゲンスン(ジョーゲンセンなどの表記あり。1926-1989)といわれている。性転換前の名前はジョージで、アメリカ陸軍に入って朝鮮戦争にも従軍、やがて軍曹になった。しかし自分の体に違和感を覚えて、除隊後の1950年、デンマークのコペンハーゲンに行き、当地でホルモン治療を受けた後、性転換手術を施した。
1952年には、世界中の新聞が「軍曹転じて女性に」といった見出しでこのニュースを伝え、一種の性転換ブームが起きたという。1970年には、ヨルゲンスンの伝記映画も作られている。
「輪廻の蛇」にもヨルゲンスンの名前が出てくるから、これはつまり実在の人物なのだ。とすればハインラインは、1959年当時、ちょっとしたブームになっていた旬のテーマをSFに潜り込ませたとも読めそうだが――。

 インターネット資料を丹念に見ていくと、ハインラインは実際に「性転換症」(トランスセクシュアル)であったのではないか、という興味深い指摘がいくつかあるのに気づく。もちろんハインライン自身が実際に性転換をしたわけではないが、代表作「夏への扉」や、後年の「栄光の道」「愛に時間を」「落日の彼方に向けて」などの作品に見られる近親相姦や小児愛、服装嗜好倒錯といった性に関するモチーフは、ハインライン文学を研究する上で、大きな足がかりとなるものであろう。(こや)


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2015/02/07 13:19 | コラム「たまたま本の話」

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