第67回 練り上げられた短編「決断の時」(スタンリイ・エリン)

鬼才スタンリイ・エリンについては、作家の森晶麿による簡にして要を得た紹介がある。「1916年、ニューヨークに生まれ、ブルックリン大学を卒業後、ボイラーマン見習い、新聞の販売拡張員、酪農の雇い人、教師、鉄鋼労働者など職業を転々とし、第2次大戦中には歩兵の任に就いた。戦後、執筆を始め、『ニューヨーカー』などに投稿した『特別料理』がエラリイ・クイーンの目に留まってEQMM第3回年次コンテストで最優秀処女作賞を受賞したのは30代になってからのこと。間もなく処女長篇『断崖』を書き上げて、長篇短篇いずれにも優れたミステリ作家としてのキャリアをスタートさせた」――昨年、初めて文庫化された名短編集「特別料理」(スタンリイ・エリン著、田中融二訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、2015年5月刊)巻末の解説から引用した。
ここまではよく知られている経歴だろう。驚くのはエラリイ・クイーンが同書に寄せた序文で明かしているエピソードである。エリンの執筆方法について書いているのだが、「執筆を開始する時期は不定です。彼は毎日幾マイルも歩きまわり、ニューヨーク市で発行されるあらゆる新聞に目を通し、その間にも絶えず何かの作品のアイデアの“胚種”を“培養”しています。やがてその胚種が完全に熟成すると、彼は仕事部屋に自己幽閉して、その作品を書き上げるまで1日8時間から14時間、休みなしに書きつづけます。1ページ書き上がるごとに清書します。清書は(中略)12~13度かそれ以上も書き直すこともあります。しかし、それがエリン氏の方法なのです。彼は前の1ページがその創造者として可能な限り練り上げられ磨き上げられていなければ、つぎのページに移れないのです」とある。

エリンは作家生活40年間でわずか41作の短編しか残さなかった。長編も14作書いたが、きわめて寡作な作家であることは間違いない。短編1作を書くのに推敲に推敲を重ねていたとすれば、この執筆ペースも無理からぬことだろう。文庫化を機に「特別料理」所収の「決断の時」(1955年、EQMM第10回短編コンテスト1位)を改めて読み返してみて、いろいろと気づいたことがある。以下、「決断の時」の内容に触れるので未読の方はご注意を。

「私」の義兄ヒュー・ロジャーは大変な自信家であった。ある日、隣の邸に引退した奇術師のチャールズ・レイモンドが引っ越して来る。それまで他人に好かれるタイプだったヒューが、その日を境にレイモンドと何かといがみ合うことになる。仲直りしてもらうために、私の姉(つまりヒューの妻)が自宅でディナーパーティーを企画する。そこで2人の衝突はクライマックスを迎える。自宅の地下室にある牢屋から、元奇術師のレイモンドが1時間以内に扉を開けて脱出できるかどうかで賭けを始めたのだ。レイモンドが勝てばヒューがこの町から出て行き、ヒューが勝てばレイモンドのほうが隣の邸を引き払う。レイモンドは心臓発作の持病があって奇術師を引退したのだと打ち明けるが、結局この賭けを受けることになる。牢屋に鎖でつながれて45分経ったとき、レイモンドの「空気を!」という呻き声が中から聞こえてきた。中で何が起こっているのか、外からは見えない。芝居か、あるいは本当に心臓発作を起こしたのか。扉を開ければレイモンドの勝ちになる。一刻も早く助けようという私、姉、招待客の医師の忠告を聞きながら、当のヒューは牢屋の前でじっと立ち尽くす――。

物語中で示された謎に結末をつけずに終わる短編をリドルストーリーという。有名なのはフランク・R・ストックトンの「女か虎か?」だが、「決断の時」もリドルストーリーの一級品である。特にジレンマに直面して立ち尽くすヒューを描写するラストにうならされる。「その時、私は不意にあの日レイモンドがヒューに向かって、完全なジレンマに直面した時はじめて啓示を読みとるだろうと説いた真の意味をさとった。それは人間が否応なしに自己の深みに目を向けさせられる時、おのれについてあるいは学ぶかもしれないことの啓示だったのだ。そしてついにヒューもそれに気がついたのだった」。ヒューが扉を開けるか開けないか、結末をつけずにエリンが物語を閉じざるを得ない必然性がここにある。
もうひとつ指摘しておきたいのは、レイモンドを読者に紹介するときにエリンがこう書いていることである。「手練の見事さにおいてサーストンの栄光を褪せしめ、脱出奇術家としてはほとんどフーディニを凌いだレイモンド」と。実在の偉大なマジシャン2人の名前を挙げてレイモンドをたたえている。鎖につながれた牢屋から脱出するか否か――がメインテーマなら、ハリー・フーディニの名前を出すだけで十分だろう。20世紀初頭に活躍したハワード・サーストンの名前も一緒に持ってきたのは、いわゆる「サーストンの3原則」をエリンが意識していたからではないか。

マジシャンが守るべきルールが3つある。かつてサーストンはそう説いたという(後世の者がまとめたという説もある)。①マジックを演じる前にこれから起こる現象を説明してはならない②同じマジックを2度繰り返して見せてはならない③種明かしをしてはならない。マジックの本質は意外性にあるのだから、いずれも当たり前すぎるほど当たり前の原則である。そしてこれは「決断の時」にも当てはまる鉄則であろう。最後に種明かしをするのが本格推理小説だとすれば、③「種明かしをしてはならない」はまさに真逆の教えで、リドルストーリーの特色でもある。そのためにサーストンの名前をあえて隠し味に持ってきたとすれば、それこそクイーンが序文で指摘したような、推敲や清書を重ねてたどり着いたエリンの熟考の産物にほかなるまい。(こや)



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2016/03/04 13:50 | コラム「たまたま本の話」

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