第68回 「恐怖の黒いカーテン」再読(ウィリアム・アイリッシュ)
「黒いカーテン」ではなくて、「恐怖の黒いカーテン」の話をしたい。巨匠ウィリアム・アイリッシュが1941年に発表した傑作サスペンス中編である。
宇野利泰訳の創元推理文庫版「黒いカーテン」①が刊行されたのは1960年2月で、これはその2年前に出た東京創元社の「世界大ロマン全集 第50巻 黒いカーテン」②(1958年刊)を文庫化したものだった。それを福島正実がジュニア向けにリライトし、あかね書房から「少年少女世界推理文学全集 NO.9 恐怖の黒いカーテン/アリスが消えた」③として刊行したのは1963年。これが後に同書房から「推理・探偵名作シリーズ 3 恐怖の黒いカーテン」④と新装版で再刊されることになる(1973年12月)。
今回、上記の一般向け①とジュニア向け④を何10年かぶりに再読して、面白い違いに気づいた。さまざまな配慮からか、登場人物やストーリーの設定が一般向け(つまり原作)と大人向け(つまりリライト)で微妙に変わっているのである。まずはそのことを指摘しておきたい。以下、作品の内容に触れるので未読の方はご注意を。

ティラリー・ストリートを歩いていた主人公フランク・タウンゼントは、頭を打ったせいでかつての記憶を取り戻した。ところが記憶喪失症にかかっていた3年間の記憶が逆に失われてしまう。この3年間、自分が何者として何をしていたのか、全く思い出せない。彼はぶじ会社と家庭に復帰するが、ある日、彼に付きまとう謎の人物の存在に気づく。謎の人物は、とうとう彼の勤務先や自宅を付き止めてしまう。身の危険を感じた彼は、妻の協力で自宅を脱出する。一人で行った先はティラリー・ストリート。彼が記憶を取り戻した街だった。そこで彼はいくつかのヒントをたぐっていき、失われた3年間に自分がニュー・ジェリコの町にいたことを知る。恩人である富豪を殺した罪で逃亡中の身だったのだ。つまり彼を追っていた謎の男は警察だったのである。
後半はニュー・ジェリコの町を舞台に、自分が無実の身であることを証明する謎解きになる。実は富豪の妻と弟が結託して富豪を殺し、罪をタウンゼントになすりつけたのだ。ティラリー街で知り合った女性(富豪の邸宅のお手伝い)とともに、真相究明のため相手の懐に飛び込んでいくタウンゼントだったが、逆に捕らわれの身となってしまう。真犯人である富豪の妻と弟の手によってあわや殺される――という間一髪のところで、火事が起き、続いて警察が乗り込んできて、助け出されるタウンゼント。邸宅には身動きのできない富豪の父親がいた。事の真相に気づき、目のまばたきをモールス信号代わりにしてタウンゼントに伝えていたのだが、残念ながらその火事で焼死してしまった。タウンゼントを助けるために捨て身で火事を起こしたのは彼だったのだ。彼の理解者だったお手伝いの女性も、真犯人の弟も死んでしまったが、タウンゼントの濡れ衣は見事に晴れたのである。

原作のストーリーは以上である。リライト版ではお手伝いの女性が少年に変わっている。原作では主人公のタウンゼントとその女性が愛人関係にあったという設定であった。ジュニア版としてこの変更は致し方ないところだろう。原作の女性は死んでしまうが、この少年は助かるところに救いがある。しかしジュニア版でタウンゼントの妻が妹に変わっているのは、ちょっと意識し過ぎか。子どもの読者に夫婦という設定はなかなか理解しにくいから、より理解しやすいであろう兄と妹に変えたのだろうか。いずれにせよジュニア版の出た昭和30~40年代の日本では、少子化の今と違って兄弟姉妹がいる家庭が多かった。成人した兄と妹が同じアパートに一緒に暮らす設定もごく自然に受け入れられたのかもしれない。
「恐怖の黒いカーテン」はサスペンス小説としてのツボを押さえた秀作で、原作でもリライト版でも十分に堪能できる。しかしその最大の魅力はたった1つに集約されるように思う。記憶喪失という設定である。

記憶喪失は何万人に1人というレアケースの症例といわれるが、実は1940年前後の文学にはけっこう登場する。有名なのはジェームズ・ヒルトンの「心の旅路」だろうか。1941年に出版されてベストセラーとなり、翌年には映画化された。第一次世界大戦の終盤(1917年)、フランス戦線で傷つき記憶喪失になった英国陸軍大尉と踊り子のすれ違いの恋と、最後に大尉の記憶がすべて戻って結ばれるまでの長い歳月を描いた甘い甘いメロドラマである。重要なのはメロドラマの衣を借りて、戦争が原因で傷を負い、引き裂かれていく人々の運命を描いている点だろうか。
「恐怖の黒いカーテン」も同じく1941年の刊行である。こちらは戦争のセの字も出てこないサスペンス小説であるが、第一次世界大戦が終わってホッとしたのもつかの間、今度は1939年に第二次世界大戦が勃発して――という時代を舞台に書かれている。フランク・タウンゼントは遠洋航海でよく使われるモールス信号を読解するし、左の手首に錨の刺青もしている。ポパイを思えば分かるように、錨の刺青は海兵隊上がりのトレードマークである。しかも年齢は27~28歳。タウンゼントは海軍に従軍していた時代に傷を負ったことが原因で、除隊後の1938年に記憶喪失にかかったのではないか。そんなことも推測されるのである。
ベトナム戦争後に帰還兵の後遺症を描いた作品が多く書かれたことは記憶に新しいが、1940年代の文学にも2つの世界大戦によって後遺症を受けた人物が登場する。その象徴が記憶喪失なのではないだろうか。(こや)



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2016/04/06 14:40 | コラム「たまたま本の話」

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