第77回 「女か虎か」VS「女と虎と」(フランク・リチャード・ストックトン、ジャック・モフィット)文学に関するコラム・たまたま本の話
リドル・ストーリーというジャンルがある。直訳すると「謎物語」。物語の結末が作者によって明示されず、読者の想像に任せられる小説である。代表作とされるのは「女か虎か」(The Lady,or the Tiger?)であろう。作者のフランク・リチャード・ストックトンは、1834年にペンシルバニア州フィラデルフィアに生まれ、1902年に没した19世紀アメリカの作家。1880~90年代に活躍した(一時、彫刻技師でもあったらしい)。ユーモア小説を書き、怪奇小説も書き、冒険小説も書いたが、児童文学の著作が多い。
「女か虎か」は1882年に書かれている。もともとこの作品は「王の闘技場」(In the King's Arena)という題で、文学者のパーティ-における余興用の題材としてストックトンが用意したものだった。それがたいそう好評だったために、雑誌用(掲載誌は大衆向け雑誌「Century」)に書き直され、編集者によってタイトルが現在のものに付け替えられた。あまりにも有名な話だが、ウィキペディアを参考にしてストーリーを要約しておく。以下、未読の方はご注意を。
遠い昔のある国の話。身分の低い若者が王女と恋をした。それを怒った国王は、その国独自の処刑方法で若者を罰することにした。その方法とは公開闘技場に若者を連れ出し、2つの扉の1つを選ばせることである。1つの扉の向こうには餓えた虎がおり、彼が扉を開けばたちまちのうちに虎にむさぼり食われてしまう。もう1つの扉の向こうには美女がおり、そちらの扉を開けば罪は許されて彼女と結婚することが出来る。国王の考えを知った王女は、死に物狂いで2つの扉のどちらが女でどちらが虎かを探り出した。
しかし王女はそこで悩むことになった。恋人が虎に食われてしまうことには耐えられない。さりとて自分よりも美しくたおやかな女性が彼の元に寄り添うのもまた耐えられない。父に似た、誇り高く激しい感情の持ち主の王女は悩んだ末、若者に右の扉を指差して教える。若者は王女が示した扉を開く。中から出てきたのは、果たして――女か虎か?
ここで物語は終わる。王女がどちらを選んだのかは書かれていない。この小説は読者の好奇心を大いに刺激した。ストックトンは「正解」を求める人々に悩まされることになった。そこで彼は続編として「三日月刀の督励官」を書いた。が、後日談として書かれたこちらの話も、最後は「別の国の王子が選んだのは微笑んだ女か、それともしかめ面をした女か」で終わる人を食ったリドル・ストーリーになっている。ストックトンは生涯、扉から出てきたのが女だったか虎だったかの真相を明かさなかったという。
結局、明快な解答は存在していない。そのため後年の作家たちによって様々な説が唱えられたが、中でもジャック・モフィットの書いた小説「女と虎と」(1948年、The Lady and the Tiger?)は、もっともスマートな解答であるとされる。取り上げてみたい(引用は紀田順一郎編「謎の物語」2012年2月、ちくま文庫刊より。仁賀克雄訳)。
モフィットによれば、ストックトンの物語の王とはヘロデ・アンティパスだという。「ローマ総督ポンティウス・ピラトの監督下でユダヤを支配していた彼は、父親が作ったローマの闘技場に似た闘技場を持つ、唯一の東方君主であり、彼もまた娘――正確にいえば継娘――を持ち、彼女に常識を超えた過度の愛情を抱いていた」。そしてこの娘が王女サロメだったというのである。
その前提でモフィットは「女か虎か」の結末をこう読む。若者が明けた扉には虎が入っていた。虎を見るやいなや若者は退き、電光石火のごとくもう一方の扉も開けてしまう。そして自分は2つの扉の間の閉じられた楔形の小空間に入り込み、両腕で大きな樫扉を盾にして身を守った。闘技場には扉から出てきた虎と女が残された。そのあとどうなったかは、いうまでもない――と。
ストックトンの「女か虎か」の問いかけが、結局のところ女心による決断がどちらだったかの問題だとすれば、モフィットの見解は王女そのものにエキセントリックな一面があったのだという話になる。聖書によれば、サロメはヘロデ・アンティパスに、祝宴での舞踏の褒美として「好きなものを求めよ」と言われ、「洗礼者ヨハネの斬首」を求めたほど気性の荒い女である。実は若者をめぐって王女サロメと犠牲になった女は三角関係の間柄にあった。処刑の日の前日、サロメは女には「虎でなくお前を選ばせる」と伝えたが、実際には虎を選ばせたのである。虎を選ばせたから、女を選ばせる選択肢が消えたかといえば、そうではない。若者は結果的に「女と虎と」両方を選ばされたことになる。
さらに問題は、とっさの機転で命拾いした若者である。ストックトンの作品では若者の人物像がほとんど描き込まれていなかった。モフィットはこの若者に、王女サロメと若い女の間を渡り歩きながら権謀術数を張り巡らせ、サロメと結婚して国家を手中に収めようとする野心家の役割を与えている。結局、虎からは逃れられた彼だが、危険人物と見なされて死刑に処されてしまう。それにしても、シンプルな寓話である「女か虎か」の問題提起をここまでふくらませた作者モフィットの力量は大したものである。
ジャック・モフィット(1901~69年)の本業は、前述の「謎の物語」の改題によれば、ハリウッドの脚本家。ケーリー・グラント主演の「夜も昼も」などで知られているが、とくにミステリー映画と関係が深いというわけでもないらしい。名作の続編を考えるのが得意だったようで、ほかにアンリ・ルネ・アルベール・ギ・ド・モーパッサンの「首飾り」の続編なども手掛けているという。(こや)

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