第83回 まずはこの世に神ありき(シャーリイ・ジャクスン)文学に関するコラム・たまたま本の話

シャーリイ・ジャクスン(1916-1965)の短編集「くじ」が2016年10月、ハヤカワ・ミステリ文庫に収録された。今回、読み返していて気づいたことがある。22編が羅列的に並べられた短編集とばかり思っていたが、全体がⅠからⅤの5つの章に分かれている(Ⅴはエピローグで、これについては割愛する)。ⅠからⅣまでの章に短編が数編ずつ配置されているのだが、それぞれの章の巻頭には、ジョーゼフ・グランヴィルの著作「勝ち誇るサドカイ人」からの引用文が置かれている。この「勝ち誇るサドカイ人」というのは、この「くじ」を訳した深町眞理子が付けたタイトルであって、通常は「現代のサドカイ教に打ち勝つ」とされている。
ジョーゼフ・グランヴィル(Glanvill,Joseph、1636―1680)とは誰か? ネットで検索すると、いろいろと情報が出てくる。以下にまとめてみよう。17世紀英国の哲学者、聖職者、心霊術研究家。デヴォン州プリマス生まれ。1658年にオクスフォード大学で修士号を取得した後、フロームの教区牧師(1662)、バースのアビー・チャーチの教区牧師(1666)、ウースターの聖堂参事会員(1678)を務めた。「教条主義の空しさ」(1661)で知られ、その中でスコラ哲学を批判しながら経験哲学を支持し、思想の自由を訴えている。1664年にはロイヤル・ソサエティーの特別会員となる。幽霊や魔女の存在、その他の霊的現象を否定するような合理的懐疑主義を攻撃し、「現代のサドカイ教に打ち勝つ」を書いて、当時のベストセラーになった。
重要なのは最後の部分であろう。17世紀当時、魔女や幽霊の存在は迷信であるとの見解が世に広まりつつあった。グランヴィルはこれをサドカイ教(すなわち無神論)台頭の兆しと見て、大いに反発した。彼の主張によれば、魔女や幽霊を認めないのは消極的な無神論である。魔女も幽霊も実在するのであって、それは科学的に証明できる。グランヴィルはこの信念のもとに調査を開始し、英国史上初の心霊現象調査レポート「現代のサドカイ教に打ち勝つ」を発表した。分かりやすく言えば、ポルターガイスト研究の嚆矢となるものである。
彼の本に収録された心霊現象事例は26件にも及ぶ。有名なのは1661年、イギリスのテッドワースで地方判事をしていたジョン・モンペッソン宅で起きたドラム楽器の騒音事件である。実際にグランヴィルはモンペッソン宅に乗り込み、誰も叩いていないのにドラムが音を立てたり、家具やイスがひとりでに動いたりするところを目撃したという。グランヴィルはなるべく客観的かつ懐疑的な研究姿勢を保とうと努めており、ゆえに「心霊現象調査の父」という称号を与えられることになった。
ジャクスンの「くじ」は、この「現代のサドカイ教に打ち勝つ」を各章の冒頭に散りばめている。つまりはグランヴィルの無神論批判に共鳴し、その思想に捧げた1冊だと考えていいだろう。その観点から読むと、ジャクスンの作品は全く別の様相を見せ始める。例えば傑作「チャールズ」。息子ローリーが幼稚園に上がる。ローリーは毎日、幼稚園から帰ってくると、教室での生活ぶりを両親に伝えるが、とりわけ熱心に語るのはクラスの問題児チャールズのこと。このチャールズ、授業中に床を足で踏み鳴らしたり、女の子に汚い言葉を言わせたり、チョークを投げたりして先生からお仕置きを受ける。一時的に先生の言うことを聞く良い子に変身するが、すぐに元の問題児に戻ってしまう。やがてPTAの会合があって、ローリーの母親が出席する。ローリーの受け持ちの先生に「さぞかしチャールズのことではてんてこ舞いなさっているのでは」と尋ねると、意外な言葉が返ってくる。「チャールズ、ですか? うちの園には、チャールズという子はひとりもおりませんけれど」。
この物語は次のように読める。チャールズは、ローリーが空想の中で作り上げた架空の存在だった。両親に話したチャールズの問題行動は、すべてローリー自身が起こしたものだったのだ。先生は皮肉を込めて言う――「わたしども、みんなローリーにはとくに関心を持っております」と。両親や先生や生徒はローリーに翻弄される一方であり、まさに罪深きはローリーであった。ジャン・コクトーの「恐るべき子供たち」やトルーマン・カポーティの「ミリアム」、サキの「開いた窓」のように、子供の無邪気さや早熟さや残忍さによって大人たちが恐れ、悩み、破滅していく、アンファンテリブルの物語。
ところが作者ジャクスンがグランヴィル思想の信奉者だったとすると、これは単に嘘つきの子供の話というだけに留まらなくなってくる。チャールズはローリーにだけ感知できる騒がしい幽霊(つまりポルターガイスト)だったのではないか。周囲には暴れているのがローリーに見えても、実は彼に取り憑いた(つまり憑依霊)チャールズ仕業だったのではないか。とすればローリーは、まぎれもなく魔女や幽霊は存在するというグランヴィルの思想を体現していたのである。加害者ローリーはむしろ被害者だったかもしれない。
グランヴィル思想が説くように、まずはこの世に神ありき。そのことを信じようではないか。ジャクスンはそう主張しているように思う。「チャーリー」から読み取れることは、さらに無神論がはびこるようになった20世紀に対する痛烈な批判である。最近、これまで未訳だった著作が日本語でも読めるようになってきたが、シャーリイ・ジャクスンという作家の全貌はまだとらえられていない。この世には魔女も幽霊も存在する――それを前提として受け入れることが、ジャクスン文学理解への突破口を開く。(こや)



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