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2024/03/19 19:37 |
第91回 「ねじ式」に登場するアイヌ人(つげ義春)文学に関するコラム・たまたま本の話
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これは、従来のつげ義春研究に一石を投じる労作ではないか。元読売新聞記者の矢崎秀行が書いた「つげ義春『ねじ式』のヒミツ」(2018年1月、響文社刊)である。矢崎は「ねじ式」の初めのほうの5ページ目、「背広姿の黒縁メガネの男性がスパナを持って胡坐(あぐら)をかいている不思議なコマ」を取り上げて、これは「木村伊兵衛(1901~74)の写真『知里高央(たかなか)氏』(1965年)からの引用」だと指摘する。写真と漫画を見比べてみると、確かに構図から何からそっくりだ。スパナは持っていないが、この絵が知里高央(ちり・たかなか、1907~65)をモデルにしていることは疑いない。
知里高央とは誰か。北海道・幌別のアイヌ名門の家柄の教育者である。インターネット資料によれば、「明治40年4月15日生まれ。知里ナミの長男。知里幸恵(ゆきえ)の弟。知里真志保(ましほ)の兄。イギリス人宣教師バチェラー家の家庭教師,幌別中学などの教師をつとめ、またアイヌ語の語彙研究に従事した。昭和40年8月25日死去。58歳。北海道出身。小樽高商(現小樽商大)卒」とある。
矢崎の指摘は続く。「知里はこの写真が撮られてすぐ、同じ年、1965年に58歳で亡くなっている。その意味ではこの絵の元になった彼の写真は遺影ポートレートとも言えるものだ」「写真が収録された『定本 木村伊兵衛』(朝日新聞社)はずっと後、2002年の発行なので、おそらくつげはこれが発表された『アサヒカメラ1965年7月号』で見ている可能性が高い。彼は自ら写真を撮る漫画家で、一時は中古カメラ屋を開いたほどの写真カメラ愛好家である。写真雑誌には日常的に親しんでいた」。
「ねじ式」は「ガロ」1968年6月臨時増刊号に発表されている。つまり「ねじ式」発表の時点で知里高央はすでに故人であった。とすれば、メメクラゲに噛まれて静脈が切断され、切迫した死への恐怖におののく主人公の前にスパナを持って現れる彼は、生の担い手ではなく死の導き手であったということになる。こんな重要な点が50年間も見逃されてきたことに驚くが、インターネット上では数年前から「この絵の元ネタは知里のポートレートではないか」と話題になっていたらしい。しかし「何故いきなりアイヌの名門家系の末裔が脈略もなく突然登場するのだろうか。それも左手に両口スパナを持って」。矢崎の疑問ももっともである。
以下はあくまでも私見である。「ねじ式」は、先行する同じつげ義春の傑作「山椒魚」(「ガロ」1967年5月号)との関連性でとらえられるべき作品ではないか。「山椒魚」を振り返ってみよう。山椒魚は「悪臭と汚物によどんだ穴の中」、つまり下水道に棲んでいる。最後に人間の胎児の屍骸が流れてくるシーンがある。これは不幸にも産み捨てられ、下水道に流されて来てしまった胎児なのだろう。山椒魚と胎児は、単なる行きずりの関係なのだろうか。山椒魚は人間の生まれ変わりなのではないか。胎児は山椒魚の前世の姿なのではないか。そんな思いを強く感じさせる。前世と現世がなぜこの下水道で出会うのか。
今回、この下水道をニライカナイと考えたらどうか、と思い至った。ニライカナイとは遥か遠い東(辰巳の方角)の海の彼方、または海の底、地の底にあるとされる異界のこと。豊穣や生命の源であり、神界でもある。年初にはニライカナイから神がやってきて豊穣をもたらし、年末にはまた帰るとされている。また、生者の魂もニライカナイから来て、死者の魂はニライカナイに去ると考えられている。ニライカナイ信仰は、沖縄県や鹿児島県奄美群島の各地において伝統的な民間信仰である。
「山椒魚」において、胎児は下水道にやってきた。つまりニライカナイに来た死者の魂である。その胎児と遭遇した山椒魚は、ニライカナイで生まれ変わった生者の魂であろう。最後、背を向けて泳いでいく山椒魚の姿は象徴的である。そう考えると、この下水道は決して不吉な空間でなく、神と輪廻と転生の神界であるということが分かる。そしてそこには永遠の時間が流れている。
この神界ニライカナイのイメージが、聖地アフンルパルに転換したのが「ねじ式」という作品だったのではないか、と思うのだ。アフンルパルとは何か。沖縄とアイヌは民族的に同じルーツを持つとされる。ニライカナイに似た概念として、アフンルパルと呼ばれる聖地が沖縄にもある。アフンルパルは「“入る道の口”の義。あの世への入口。多くは海岸または河岸の洞穴であるが、波打際近くの海中にあって干潮の際に現れる岩穴であることもあり、また地上に深く掘った人口の竪穴であることもある」。この解説を「地名アイヌ語小辞典」で書いているのは、他ならぬ知里高央の実弟で、アイヌ初の北海道大学教授になった知里真志保である。そして形状的にアフンルパルは、窪地状でありねじ溝状であるケースが多い。まさに「ねじ式」聖地だ。これは詩人の吉増剛造も指摘しているという。
「ねじ式」では、最初のコマから、主人公はメメクラゲに左腕を噛まれて静脈が切断されている。つまり下水道でゆったりと泳ぐ山椒魚と違って、切迫する死への恐怖の中で、少年は医者を探すことを必然づけられている。「山椒魚」では永遠であったはずの時間が、「ねじ式」では限定された時間に転化している。山椒魚が背を向けて去っていったのとは対照的に、少年は海からこちらに顔を向けてやってくる。「ねじ式」における彼は、あの世への入口に足を踏み入れたのだ。だから死からの生還をねじに委ねざるを得なかった。そうは考えられないだろうか。(こや)

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2018/04/14 16:03 |
コラム「たまたま本の話」

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